仕事と出逢い


三味線がなる。
唄が響く。
そして私の動きとともに、髪飾りの鈴がしゃらんらと揺れた。

本来ならば、私は三味線を弾いて長唄を唄うべきなのだけれど、私は有名になりすぎてしまったらしい。

こうして宴の席に呼ばれれば、三味線ではなく扇を持って舞う。

それが私の仕事。
これこそが私の生き甲斐なのだ。

舞が終わると盛大な拍手と歓声が響く。
これがとても心地いい。
達成感と喜びが心の中を満たしていくこの充実感。
これだからやめられない。

「いやー、本当に綺麗だったよ」
「また次も頼むね」

早めの時間から始まったこの宴は終わるのも早かった。
彼らはまた別な所で呑むのだろう。

ここは花街。
沢山の店が立ち並び、飲み食いするのも女と遊ぶのも苦労しない。
もちろん、後者は金の話も絡んでくるのだけれど。

下駄をはき、襟元をなおすと私は店の外に出た。
私の顔はこの辺りの人にはよく知られている。
顔見知りは声をかけてくるし、そうでない人も私の名を口にする。

本当の名前では無いけれど。

しばらく歩くと私を見る3人の女の子と目があった。
髪や目の色からすると外国の人らしい。

『ご旅行ですか?』
「あ、はい」
『どうぞ日本を楽しんで下さいませね』
「ありがとう、ございます」

声をかけてみると、驚くほど言葉が上手かった。
外国の人と自分の国の言葉で話せるというのは、なんだか嬉しいような感じがした。


さっきまでいた建物からそうはなれていない場所にある料亭。
今目の前にある建物が、今日のもうひとつの仕事場だった。

客のいる部屋に案内されると、すでに何やら賑わっているらしい。

『失礼致します。春月と申します。本日はご指名頂きまして、』
「ああ、いいよいいよ。そんなに固くしなくて」

優しげな声に顔を上げる。
体の大きな人がにこにこ笑って、私に部屋に入るように促す。
そしてその後ろに黒い影。

なんだろうと思った瞬間、嫌な音がして、さっきの体の大きな人が柔軟体操をするかのようにあぐらをかいた足の上に上半身を倒していた。

「痛いよ、鬼灯くん」
「作法がなっていません。彼女の挨拶はきちんと最後まで聞くべきですよ」

黒い着物を来た長身の男性だった。
切れ長の目が印象的で、何故か彼の手には金棒があった。
それを壁に立て掛けると、席に座り直して私を見た。

「すみませんね、春月さん。どうぞ部屋に入ってください」
『あ、はい。失礼致します』

「痛いよ、鬼灯くん」
「そうですか。
さて、皆さん、お待ちかねの春月さんが来てくださいました」

「「「わーーー!!」」」

「ちょ、鬼灯くん?あの、せ、背骨、背骨が」
「ああ、ずれましたか?全く手のかかるアホですね…仕方がないので戻して差し上げます」
「え?あれ?アホっていった?ねぇ鬼灯くん」

鬼灯と呼ばれた彼は答えずに、体の大きな人の肩に手を置くと、勢いよくもう片方の手で背骨を押した。

バキッ

また嫌な音がした。
しかしそれですっきりしたらしい。
立ち上がって伸びをしてからまた席に座ると、今度は長身の彼が立ち上がった。

「では仕切り直しです。今日は勝手に宴を設けた大王の奢りです。この席に参加出来なかった者の分まで存分に楽しみなさい」
「え?奢り?全額?」
「当たり前です」

宴に参加する人から一気に歓声が上がる。
元々は全員いくらか払う予定だったのだろう。

「では大王、音頭を」
「え?えー?なんか強引だけどまぁ確かにワシが主宰したんだし…、この際もうどうにでもなれじゃ!
今夜はワシの奢りで無礼講!皆存分に楽しむように」
「それ、似たことさっき私が言いましたが」
「うっ…。よ、よーし皆ジョッキ持ったかな?今宵の宴にかんぱーーーい!」

やや強引な音頭でジョッキがぶつかる音と乾杯という声が沸き上がった。
私は主催者らしき人の前に三つ指をついた。

『改めまして、私、春月と申します。今宵はどうぞ、よろしくお願い致します』
「こちらこそよろしく頼むよ。ワシが主宰の閻魔、こっちは部下の鬼灯くん。ここにいる皆は君に会えるのを相当楽しみにしていたんだ。期待しているよ」
『ありがとうございます。ご期待に添えるよう、心を込めて舞わせて頂きます。それでは失礼致します』

いつもは宴が始まる前に自己紹介をするのだが、今日は順番が狂ってしまった。
けれど、閻魔様とお話できたのだから、むしろラッキーだと思うべきなのだろう。
私とは身分が大きく違うのだから。

『準備は整った?』
「「はい」」

私の後ろに座って三味線を構える2人の女の子の答えを聞いて、私は一呼吸してからこの部屋を見据えた。

そしてなり始めた音楽に身を委ねて舞い始める。

しなやかに、美しく。
ここにいる全員の目を奪えるように、心を込めて。


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