キノコの森の不思議な男
「ここはね、アリスがいた世界とは別な場所なんだ。だからいろんなことに始めのうちはびっくりするだろうけど、きっといつか慣れるよ」
リオはそう言うと時計を見るなり焦ったように用事があるからと城が見える方向へ走っていった。 見知らぬ森の中、一人残されたアリスは周りを見渡すと深く息を吸い込んだ。
『私の、知らない世界』
(確かにあんなお城は見たことないけれど、外国かしら?でも日が暮れる前にこの森からでなきゃ)
アリスは城の方向に向かえば城下町があるはずだと予想して、城を目印に歩き始めた。
花畑を抜けて森の中に入る。 しばらく道なき道を歩かなければならなかったものの、木漏れ日のお陰でそれほど大変ではなかった。 道を見つけて、今度はそこを歩き始めた。 いつからか色鮮やかなキノコが多くなり始め、進めば進むほど大きなものも増えてきた。
『え?』
見上げてしまうほどの大きなキノコ。 キノコの笠の下に入れば雨宿りが出来てしまう程だ。 アリスの身長を優に越している。
「んー?どうした?迷子かー?」 『え?あの、どこに』 「上だよ、うーえー」 『上?』
見上げればキノコの笠の裏側。 アリスは上を見上げながらゆっくり後ろに下がっていった。 転ばないように、一歩ずつ、一歩ずつ。
するとキノコの上にその人はいた。 色のついた煙に包まれた男性だった。 この独特な匂いは水煙草だろう。 しかし不思議なことに、その煙は青や赤、ピンクや黄色など様々な色で宙に文字を描いていた。
『迷子の、お嬢さん…』
アリスが読むと彼はまた煙を吹き出した。 その煙がまた文字を作る。
『君は、誰、だ?私、』 「わたし?変わった名前だなー、嬢ちゃん」 『え?ち、違います!いいかけただけで』 「あっはははは」
彼は愉快そうに笑い声を上げた。 アリスにとっては不快なものとして響く。 何しろ煙のせいで彼の顔すらほとんど見えないのだ。 どこの誰とも知らない者にからかわれていい気になる者などいないだろう。
「いやいや、悪かった。それに嬢ちゃんなんて言うような歳でも無さそうだしなあ。じゃ、改めて聞こうか。名前、なんてんだ?」 『アリスよ。失礼な人ね。私も名乗ったのだから貴方も名乗りなさいな』 「ははっ!そうだな。俺は今機嫌がいいんだ、最高にな。俺はギルバート。ま、よろしく頼むわ」
ようやく晴れかけてきた煙を裂くようにキノコの上にいた男が飛び降りてきた。 スーツを着ているがネクタイは締めずにただ首に掛けていた。 袖は七分程に捲っていて、シルバーのブレスレットをしている。 前髪だけ少し長めであとは短い栗色の髪で、綺麗な緑色の目をしていた。
「いよっとぉ。で、アリス。失礼ついでにもうひとつ聞いていいか?」 『何かしら?』 「何でウエディングドレスなんてきてんだ?」 『それは、これからしたくもない結婚をする予定だったからよ。式の前に外の空気吸おうと思ってたらリオって男の子に会って、ここに連れてこられたの』 「ほーう」
ギルバートはニヤニヤと笑いながら今度はうちポケットから出した煙草に火をつけた。 煙を吐き出すとまた文字となって浮き上がる。 言葉にはなっていない。 ただ色々な文字が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。
「成る程成る程。うさぎは耳がいいからなぁ。アリスの声を聞いちまったんだろ。他人の感情に敏感なんだよ。白い方はな」 『何の話?』 「まあつまりだ。アリスの本心に触れてしまったリオはアリスを助けたくてここまで道案内したって訳だ」 『それはリオにも言われたわ』 「んーじゃ、俺からひとつアドバイスだ。このまま城に行け。女王に会ってこい。気難しい女だが、まあなんとかなんだろ。男には厳しいがね。気に入られればなんとかしてくれんだろ。 じゃ、俺はこれで。」
ギルバートは煙草の火を踏んで消して、また新しい煙草に火をつけた。 そしてアリスに背を向けた。
『ちょっと待って!』 「んあ?なんだぁ?城ならあっちだぜ?見えてんだろ」 『それなら分かってるわ。そうじゃなくて、』 「あ?ああ、もしかして寂しいのかあ?」 『ち、違う、わよ』 「だあーいじょーぶだよ。どうせ、その辺歩いてりゃ猫でも現れんだろ。俺はこれから行くとこあんだよ。だからじゃーな。また会おうぜ、アリス」
(猫?)
ギルバートは背中を向けながら手を降ってアリスのそばから去っていった。 結局ここがどこなのか、そもそもなんと言う国なのか分からず仕舞いだ。 何も分からないが、アリスがするべきことは見つかった。 城に行って女王に謁見すること。
アリスは城の方角を確認すると、スカートの裾を持ち上げて歩き出した。
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