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地面に染み込んだ赤黒い血。そこらに転がる今は死骸となった元人間。

普通の人であればむせ返りそうになるこの空気。

刀に滴る血を振り払い、ぱちんと鞘に収めた私はそんな哀れな光景を見つめた。

いつ見てもこの光景には思わず眉根を寄せる。人を斬るたびに、私はまた一つ罪を背負う。そう、人殺しの罪だ。

だけど私は振り返らない。その理由はただ一つ。


「僕らの勝ちは決した。そろそろ帰ろうか。理緒。」

「はい。半兵衛様。」


そう、全ては半兵衛様のため____。







今日はやけに体が重い。理緒は布団から起き上がると、気怠そうに身支度を始める。

外は雨。屋根を穿つ雨音が静寂に包まれた部屋に大きく響く。

そんな雨をぼうっと見ていると、ふと、この前のことを思い出した。

北条軍との戦いのことだ。

我ら豊臣軍は秀吉様の剛腕と半兵衛様の見事な策で見事北条軍の領地の半数を手に入れることが出来た。だが、その見返りにいつも以上に多くの兵を失った。

勝ち残ったのは十万の兵の内僅か四万だった。もちろん私もその勝ち残った四万うちの一人である。


私には勝ち続けなければならない理由がある。


私はもともと放浪人。ゆく当てもなく、ただふらふらと生きる意味すら見つからず生き続けてきた私に半兵衛様が手を差し伸べてくださったのだ。

半兵衛様は私に生きる意味、生きがいを教えてくれた。

だから私は半兵衛様のその御恩に報いるため、必死に鍛錬を重ね、やっとの思いで今、こうして補佐として彼の隣で戦っている。

半兵衛様の悲願である日の本統一のため、私は勝ち続けるんだ。絶対に。


そんな熱き闘志を密かに心の内で唱えていると、襖の向こうから侍女の声が聞こえた。


「理緒様、秀吉様がお呼びです。丑の上刻までに謁見の間に来るようにと。」


また戦のことだろうか…。私は侍女に分かった、と返事をすると、はぁ、と溜息をついた。

秀吉様に会うのが嫌というわけではない。ただ、なんとなく溜息が出てしまった。

今は子の上刻。秀吉様のもとに行くまでまだ二時間ほどある。

だんだん晴れてきた空を見つめて、気分転換に城下町にでも言ってみようか、と思い、部屋を後にした。







城下町は荘厳さの漂う大阪城とは違って活気で溢れている。

大きな荷物を担ぎ、急ぎ足で歩いていく人や、店先に並んでいる品物を見定めている人、お茶屋さんで一服している人もいる。

街は賑わいで一杯だったが、私はそんな光景の中で目に留まるものがあった。

男女が二人、仲良く並んで歩く姿、そんな人たちを自然と目で追ってしまう。

今までは恋なんてものは私に遠いものと自ら遠ざけていた。けれど大人に近づくうちにそれは自然と気にし始めてくるものである。

私に色気、ましてや可愛らしさなんて言葉はこれっぽっちも似合わない。

気分転換のつもりで来たというのにこれじゃあまるで逆効果じゃないのよ。

私はなぜか溜息をついた。今日はとことんついていない日かも、そう思いながらなんだか重い体を引きずり、城下町を後にした。











「失礼します。」


走ってきたせいで乱れてしまった髪を手早く直し、見苦しくない程度にしてからそっと襖を開けた。


「今日は如何様なご用件で?」


早速理緒が話を切り出すと、なにやら秀吉様は言いにくそうに話を切り出してきた。


「…そなたは見合いなどには興味はないか?」

「…は?」


てっきり次の戦の話のことばかりと思っていたから、理緒はぽかんとしてしまった。

お見合いなんて私にとっては遠い話だ。だからそんな話が出てくるなんて思わなかった。


「お見合い…ですか…。」


理緒は自分がお見合いをする姿を想像してみた。綺麗な着物を着て相手と仲良く話す姿、ありえなさ過ぎて首をぶるぶると振った。

すると秀吉様はさらに言いにくそうに口を開いた。


「実はそなたと………半兵衛はどうかと思ってな。」

「………………えぇ?!」


私なんかがお見合いの上、しかも相手が半兵衛様?!信じられない。

女性らしさのかけらもないのに…。


「は、半兵衛様にはもう話したんですか?」

「いや。そなたの返事を聞いてから言うつもりだ。」

「そうですか…。」

「我は本気で話しておる。そなたもじっくり考えてみるが良い。」

「はぁ…。」


無礼と分かっていてももうびっくりしすぎて空返事しか出てこない。

さっきの憂うつ感なんてもうどこかに吹き飛んで、私はそのままうわの空で部屋から出ていった。








それから数日後…。

答えは全く出てこなかった。あれこれ考えても結局たどり着く答えは同じで、云々とあたまを抱えるばかり。

どうしてこんなに悩むのかさえ分からなくなってきた。

剣の稽古も勉学も頭に入らずうわの空。それではダメだと分かっていても頭が思考を止めない。

理緒は廊下をのろのろと歩きながらどうしたものかと今日も考え込んでいた。


「全く…、どうしてこんなに……。もぅ…。」

「君はさっきから何をブツブツと言っているんだい?」


はっ、と誰かの声で自分の世界から現実に引き戻され、通行の迷惑になっていたことを謝ろうと顔を上げ、


そのまま固まった。


「半兵衛様!」

「全く、最近の君、何かあったのかい?いつもぼーっとしていて、人の言うことなんてまるで聞いていない。」

「ご、ごめんなさい…。」


理緒はしゅんとうなだれる。こんなことでは武士として失格だ。

きっと半兵衛様も怒っていらっしゃるだろう、と恐る恐る顔を上げてみる。

が、その予想は大きく外れた。半兵衛様はふっ、と笑うと、頭をぽん、と撫で、


「何かあったら僕に話すといい。」


そう言い残して歩いて行く。私は彼の姿が見えなくなるまでその背中をただぼうっと見つめていた。

さっき、半兵衛様に頭を撫でられたとき、楽しそうに笑った顔を見たとき、なにか、不思議な気持ちになった。

うまく言い表すことが出来ないけど、こう、胸がきゅっと締め付けられるような、そんな感じだ。

それを人は`恋`というのだろうか、




やっぱり理緒には分からない。









自分の部屋の襖を開けると、そこには意外な来客者が座っていた。理緒を見るとどこか憎めない愛想のある笑顔を見せた。その肩にはいつものようにちっちゃな猿が一匹。


「慶次!どうしたの?」

「たまたま近くに用事があったからさ、ついでと思って寄ったんだ。」

「ふーん…。」


慶次とはもうかれこれ8年以上の付き合いだ。ふらふら旅をしていた昔の私に『俺も一緒だ』と仲良くしてもらってからだ。

私が半兵衛様のもとで働くようになってからも、慶次はたまに遊びにに来てくれたりする。


「どうした理緒、なんか元気がねえな。」

「え?そ、そうかなぁ?」


こういう時だけ彼はなぜか鋭いのだ。どんなに誤魔化してもすぐにバレてしまう。


「嘘をつけ。何かあったんだろ?言ってみろよ。」


慶次は私を正面からじっと見つめる。こうなってはお手上げだ。

分かったよ、と溜息を一つ吐くと仕方なく理緒は話し始めた。


「実は、秀吉様からお見合いの話を持ちかけられて、……相手が半兵衛様なの。」

「へぇ、理緒が半兵衛とねえ…。」

「それで、さっき半兵衛様とあったんだけど、なんか胸が締め付けられるって言うか、なんて言うか……。」


うーん…唸る理緒を見て、初めは真剣に聞いていた慶次はぶっ、と吹き出した。


「っ、何よ!人が真剣に話してるって言うのに!」

「悪い悪い。あははっ、理緒って本当に鈍感なんだな。」

「どういうこと?」

「だからつまりそれは、理緒は半兵衛のことが好きってことだ。」

「好き、ねぇ…。」


理緒は半兵衛との今までのことを考えてみた。


戦で良い働きをしてとっても褒められた時、

私に優しく笑いかけてくれた時、

泣いている私をよしよし、と慰めてくれた時、


やっと分かった。


その時のあの気持ちは紛れもなく恋、だったのか。




「な?やっぱり好きなんだろ?っておい、どこ行くんだよ!」



私の足は自然とある方向へ歩き出していた。そう、半兵衛様の元へと。











理緒は半兵衛様の姿を探して無駄に長い廊下を早足で歩いていく。

数分前に話したばかりだったから、そう遠くには行ってないはず。廊下のど真ん中辺りに来たところで、きょろきょろと周りを見渡すと、

…いた。もうすぐ曲がり角に差し掛かるところだ。

理緒は何のためらいもなく半兵衛様を呼び止めた。

すると半兵衛様はこちらを振り向き、息を切らして自分のもとに走ってくる理緒を見て何事かと目を丸くする。


「どうしたんだい?そんなに慌てて。」


実はですね、と言いかけたところ理緒はしまった、と思った。

半兵衛様はまだお見合いの話のことを聞いていないんだった。


どうしよう、半兵衛様は私の言葉を待っている。このままでは赤っ恥である。


もうこうなってしまっては一か罰か、かけてみるしかない!

理緒は思い切って口を開いた。


「あ、あの、私……半兵衛様のことが、す、好きなんです!」


言ってしまった。もう終わりだ、私の人生。…大袈裟だろうと思うだろうが、私にとってはこれがいっぱいいっぱいだ。

けれどそんな私の思いとは裏腹に、半兵衛様はあっさりと言った。


「あぁ、もしかして、お見合いの話かい?」


これにはさすがの理緒もびっくりだ。


「え?知ってたんですか?」

「知ってるも何も、その話は僕が持ちかけたことだからね。」


つまり、私は`騙された`ってこと?

理緒の顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「ちょっとしたサプライズにって思ったんだけど、…怒らせてしまったかい?」

「ちょっとしたって、全ッ然ちょっとじゃないですよ!人がどれだけ悩んだか…。」


頬をふぐのように膨らませて怒っている理緒を見て、半兵衛様はくすっと笑い、理緒を抱きしめて、こう言った。







だって、そんな君が好きだから。









なんだかよく分からない話になってしまったのであります。申し訳ない。

まぁ、つまりは、独りだった夢主に恋だの愛だのを半兵衛様が教えてくれたってことで。

意味の分からない方はスルーでどうぞ。なんせ文才のない私でございますから。

そして、戦国時代なのにサプライズって使ってるのもスルーでおねがいします(笑

それでは、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます!