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「理緒ちゃん。」


ざわつく教室の中、私は一人で机に座っていた。名前を呼ばれて振り向けば、いつもと変わらぬ見慣れた顔。
その顔ににこりと笑いかけると、彼もまた緑の瞳を細めて笑う。


「一緒に帰ろうか。」


彼の言葉に迷いもなく頷く。だって毎日こうして一緒に帰るのが私にとっての日常だから。

そうして私は彼の後ろを着いていき、やがて校門までたどり着く。
そこまでの道のりに私たち二人に話しかけてくるものは一人もいなかった。当たり前、と言えば当たり前なんだけど。

私と沖田さんはいつも周りからなんとなく遠ざけられる存在だった。そう、ただなんとなく、なのだ。
どこか近寄り難い雰囲気を放つ沖田さんと、人付き合いが苦手な私。親しくなるのに時間はかからなかった。
でも別に恋仲、ってわけじゃない。
気づけば一緒にいた、意識せずとも隣にいる、そんな存在。


でも、彼には一つだけ、欠点があった。


病気、それも結核持ち。発見が遅れて病状は芳しくない。きっと迷惑をかけたくなくて、誰にも話さずにいた結果、こうなったんだと思う。

沖田さんはたまにそういう所があるから。でも少しくらいは私にだって話して欲しい…。


「君に心配してもらうほど僕は弱くないから。」


すると沖田さんが私の気持ちを読み取ったように言った。


「強いとか弱いとか、そういう問題じゃないですよ。それに勝手に人の考えてること盗み聞きしないでください。」


理緒も負けじと言い返す。大体人の心を読むなんて反則だ。


「盗み聞きなんて言い方、ひどいなぁ。」


頬をふくらませる彼女を見て、沖田さんはくすっと笑う。


「ほら、早くしないと見れなくなっちゃうよ。」

「あ!そうだった。早くしないと!」


さっきの膨れ顔はどこへ行ったのやら。理緒は沖田さんの腕を引っ張りながら駆け足である場所へ走っていく。

沖田さんもやれやれ、といった様子で彼女に着いて行く。


そこから10分ほど走り続けただろうか。ギリギリのところで間に合った。


「わぁ…綺麗……。」


水平線にゆっくりと沈んでいく太陽。そう、理緒が見たかったのはこれだ。

私が住んでいる街は海沿いにある。だから天気のいい日なんかはこんなふうに二人で夕日を見に行くのだった。


しばらく二人でそれを眺めていると、突然沖田さんが咳き込んだ。


「!沖田さん!」


慌ててうずくまる彼のもとに駆け寄る。押さえ込んだ手の隙間から見えたのは___血。

心配そうに見つめる私を見て沖田さんは、先程よりも少し弱々しく笑った。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」

「でも…。」

「いいから。ほら、もうすぐ沈んじゃうよ?夕日。」

「そんなことよりも今は沖田さんの体の方が心配です!」


急に声を張り上げたせいで、沖田さんは一瞬、驚いたような顔を浮かべたが、またすぐに元に戻って、


「それじゃ、帰ろう。」


そう言って沖田さんは立ち上がった。少しよろける彼を私が支える。


「こんなふうに君に助けてもらうなんてね。」

「少しは私にだって手伝わせてください。だって私は…。」


そこまで言って黙り込む私を沖田さんはしばらく見つめた後、支えていた私の手をどけて、私と正面から向き合った。


「ありがとう、君にそこまで言ってもらえる僕は幸せ者かな。」


その言葉に今までうつむいていた私は驚いて顔を上げた。彼が感謝の言葉を述べるなんて珍しい。


「沖田さんが礼を言うなんて、珍しいです。」

「それは僕に向かっての挑発と取っていいのかな?」


どちらからでもなく二人笑った。

なんだかこうして二人でいるのはずいぶん久しぶりな気がする。


完全に日が沈みきった後、やっと帰路についた二人が家に帰ったのはそれから数十分経った後のことだった。








  




家にたどり着いた私は鞄から鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。ガチャリと音を立てて空いたドアをそっと開ける。


「ただいまー…って、誰も居ないけどね…。」


ドアを閉めると静寂が私を包み込む。独り言さえも虚しく吸い込まれていく。
暗い部屋を歩いて手探りでドアノブをさがす。
必要最低限の物しか置かれていない質素な部屋。一人暮らしには少々広すぎる家。
掃除が行き届いていないところには少し埃が積もっている。


理緒は鞄を床に放り出すと、ベットに一気に倒れ込んだ。
暗さに目が慣れてくると、いつもの天井がぼんやり見えてきた。

理緒は無気力な目でそれをじっと見つめる。

私はこんな生活を一体何年間続けてきただろうか。何の変化もないこんな生活。

ただ一つ、彼が、沖田さんがいてくれたから生きれたのかな…。

彼がいなかったら私は今頃死んでたかも知れない。

思考が頭の中でぐるぐる回る。いつの間にか理緒は眠っていた。











インターホンの音で目が覚めた。

時計を見ると、針は9を指していた。一体こんな時間に誰?

眠くて頭が冴えなかったせいか、外の人を確認せずに玄関を開けてしまった。


 それが間違いだった。


立っていたのは見知らぬ男が4,5人。

気づいたときにはもう遅かった。私が抵抗する前に男たちは私の腕を強引に引っ張る。
その先にはまるで私を迎え入れるように車のドアが開いている。


「いやっ!離してっっっ! 誰か、誰か助けてっ!!」


私の叫び声も虚しく、引きずり込まれるように車に近づいていく。

もうダメだ……。半ば諦めかけたその時だった。










「こんな時間に男5人掛かりで女の子襲うなんて、卑怯なんじゃない?」










声の先には…見間違えるはずがない。沖田さんが立っていた。


「沖田さんっ……」


ほっとした声で理緒が彼の名前を呼ぶと、沖田さんは含みのある笑みを見せて___


__私を引っ張って以降とした男たちに冷ややかな視線を送った。


いつもの雰囲気とはうって変わって、理緒はびくっとした。逃げなければ斬る、そんな威圧感を生み出す瞳だった。


「く、糞っ覚えてろ!」


口先だけで男たちは怯えるように逃げていった。
やがて姿が見えなくなると沖田さんはいつもの優しい顔を私に向けた。さっきの鋭さが消えたことにほっとする。


「こんな時間に確かめもせずドア開けちゃいけないよ?」

「…ごめんなさい…。」


なんだか怒られているようで理緒はしゅんとうなだれる。


「今度は気をつけるようにね。それとも僕が一緒に住んじゃおうか?」

「なっ//」

「あはは、うそうそ。」


一気にかおを赤く染めた理緒はもう、と顔をぷいと背けてしまった。

沖田さんはまだ笑っている。


「…もう、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。」

「ははっ、ごめんごめん。だって君が可愛いから。」

「な、なんですかそれ。」

「そのまんまの意味だよ。」


その言葉に理緒はさらに顔を赤くした。これではきりがない。


「それはさておき、なんで僕がこんな時間に来たかって言うとね、ちょっと理緒ちゃんと行きたいところがあって。」

「行きたいところ?」

「そう。まぁここで話すのも何だから、とりあえず乗りなよ。」


そう言って彼が指さした先にあったのは一台の自転車。
どうやら二人乗りで行くらしい。
私は彼の後ろの荷台に座り背中に手を回す。
なんだか恋人どうしみたいで、ちょっと恥ずかしかったけど、彼には見えていないからいいか。

そうして私を乗せたまま沖田さんはある場所へとペダルを漕いでいく。












「沖田さん、どこ行くんですか?」

「まだ内緒。着いてからのお楽しみだよ。」


あれから自転車を走らせ続けて数分。沖田さんは私の知らない道にどんどん入っていく。
どちらかと言えば田舎の方のこの街は、街灯設備もあまり整っていなくて、道は真っ暗だった。
ここはどの辺りなんだろう…。理緒が周囲をぐるっと見渡していると、

どこからか話し声が聞こえて来た。


「ねぇ、あれって1組の沖田と理緒じゃない?」

「こんな時間に二人で出歩くなんて、どうかしてるんじゃないの?」


明らかに私たちに聞こえているように話している。

最近やっと減ってきたと思っていたのに…。

その後も私に向けられた悪口は一向に止まない。しかもそれらは全部私の身に覚えが無いものだった。

そんなことしてないのに…。

やりきれない悔しさで自然と回していた手にきゅっと力がこもる。
きっと沖田さんも同じことを思ってるんだろうな…。いくら気にしていないとは言ってもこれはひどすぎる。

私たちは早くその人たちの所を離れたくて、スピードを出して走った。


その時。


前方不注意で気づかなかった坂道が目に入る。その先には急カーブが待ち構えていた。


「ちょっと、沖田さん!ど、どうするんですか!」

「どうするって…、こうするしか無いでしょ!!」


慌てる私たちなんて知らんぷりで猛スピードのまま自転車は坂道に入る。こうなったら沖田さんを信じるしか無い。

急カーブの直前に沖田さんが一気にハンドルを切って______。


「やっぱりダメだっ!」

「だ、ダメって…、このままじゃっ…きゃーーーーー!」


曲がりきれなかった自転車はがしゃーんと大きな音を立ててそのまま脇のガードレールに勢い良くぶつかり、私たちの体は外に放り出された。

瞬間来るであろう衝撃と痛みを想像してぎゅっと目をつぶったが、

…以外にもその衝撃は少なかった。あれ?と思ってそっと目を開けると…、

地面にはさらさらしたキメ細やかな砂。そしてその眼の前には____


「……海だ…。」


月の光を浴びて優雅に煌く一面の海。

波打つ音とともに織りなす幻想的なその風景に思わずうっとり見とれてしまう。


「理緒ちゃんにこれを見せようと思って来たんだけどね…。まぁ、こんな風になるなんて思わなかったけど。」


いつの間にか私の隣に座っていた沖田さんの方を見ると、彼もまた同じように煌く海を見つめていた。

その瞳はなんだか儚げで、この景色と一緒に消えてしまいそうだった。


お怪我はないですか、と言おうとしたら突然目の前が闇で覆いつくされた。

視界が無くなったことに一瞬、びっくりしたけど、私の身体に回された腕の温もりで何が起きたか理解した。


「本当はずっと君にこうして触れていたかったんだ…。でも僕の病気が君まで蝕んでしまうんじゃないかって…。」


その言葉にいつもの強気な彼はいなかった。抱きしめられた腕の中はなんだか少し寂しげで…。


「僕は、キミが好きだったんだ。理緒ちゃん…」


私の頬に一粒の雫がつぅ、と伝った。一回溢れだすとそれはとめどなく溢れて、留まることを許さない。

私も、自分の気持ちを寂しさと一緒に心の奥に隠していただけかも知れない。

ホントは私だって彼の、沖田さんのことが…

だとしたら、彼に送る言葉は一つ____。


「私も、沖田さんのことが、すごく凄く________





  
                                          

_______________…好きなんです。」




              









                                         独りぼっちでいつも泣いてたシンデレラ

                                        あの時大事な`モノ`を落としてしまって
              
                                        拾ってくれたのが私にとっての`王子さま`

                                        王子さまは持ち主をずっと捜して探して、

                                        此処でやっと、出逢えたの。
  
                                        その時二人は誓い合った。




この幸せがずっと続きますように__________。











沖田さん夢、やっと出来ましたー☆

ちょっと長くて5000字以上を超えてしまった。

こんな駄文、を5000字以上なんてよくがんばったなぁ←


それでは、此処まで読んでくださった皆々様、ありがとうございました!