main short | ナノ

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いつの間にか青々しい葉をつけた木々の間から、暗かった森の中を照らすように柔らかい光が差し込んだ。
私の目の前には、先程会ったばかりの、どこか不思議な雰囲気を感じさせる男性が立っている。


「…貴方は…?」


あの後、彼によって無事に地面に降りられた私は、私が見える彼のことが気になってしょうがなくて、名前を尋ねる。


「申し遅れました、…私は的場静司と申します。…君は?」


彼の言った言葉が私にはなんだか嫌味に聞こえた。まぁ、私が妖だってことに気づいていないなら話は別だけど。


「私の名前なんてありませんよ。あなただってもう分かっているんでしょう?私が人間でないことぐらい」
「えぇ。」



前言撤回。完全に遊ばれている。



挑発のつもりで言ったはずが、あまりにもあっさりと答えられてしまったので私は面食らってしまった。

しばしの沈黙が二人の間を流れる。なんだか非常に気まずい。


「…ま、まぁ、一応人間達からは理緒って呼ばれてましたけど。」


沈黙に耐えられなかった私は、観念して口を開いた。
するとその様子を見た彼の口端は、面白いと言わんばかりに歪ませる。

あぁ、なんなのよこの人!


「では私も理緒と呼ぶことにしましょう。…とりあえず立ち話もあれなので、どうです、私の家に来ませんか?どうせ帰る家なんてないんでしょう?」
「…それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます。」


えぇ、えぇ、どうせ帰る家も場所も無いですよ。
言い返すこともなんだか面倒臭くて、仕方なく軽くお辞儀をするのを見ると彼は、さっさと前を歩いて行ってしまう。

そして森の奥を突き進むこと早数分。
…一体この人の家はどこにあるのよ?どんどん森の中に入っていっているような気がするのは私の気のせい?

そう考えている間にも歩くペースは変わらず、やがて前方に古ぼけたお屋敷が見えた。



「………ここ、ですか?」
「えぇ、家というほど普段あまり使われていないのですが、それでもここで十分でしょう。」

彼は慣れた手つきで門の鍵を開けた。
蔦が絡みついた門をくぐるときに見た表札を見て、私は改めて疑問に思った。

…的場…って、どこかで聞いたことあるような…無いような…。


「ほら、つっ立っていないで、ちゃんと私に着いてきてください。迷いますよ。」
「分かってますよ。」


家の中に入って、私は視線をぐるっと一周させる。
古ぼけた家の外観とは打って変わって、中は意外と綺麗なものだった。
隅々まで掃除がされており、どの部屋もすべて埃一つないと言えるほど、手入れがしっかり行き届いていた。

そして通されたのはそこから更に奥に進んだ畳6畳ほどの部屋。

部屋の中心にあった机に二人向かい合う形で座る。

前を向くと、嫌でも彼の顔を見ることになってしまうわけで。

…こうやって見ると、的場さんって、とっても綺麗な顔をしてる。
漆黒の長髪を後ろで束ね、現代ではあまり見かけることない、これまた深い黒の和服を身に纏っていた。
男性であるのに顔立ちは丹精で、右目は護符が眼帯のように貼られている。


再び二人の間に流れた沈黙を払うべく、私はおずおずと話を切り出した。


「あの…、その右目、どうされたんですか?」
「あぁ、これのことですか?これをつけていないと、私の右目は妖怪に食べられてしまうんです。」
「妖怪に?」
「はい。」


そこまで話して私ははっと思いついた。



妖怪達の中で何かと話題にのぼる『的場一門』という名。

妖怪に食われてしまうからと隠された右目。





まさか、もしかして今私の目の前に立っているこの人は…





「やっと気づきましたか。そうです、私が的場一門の頭首、的場静司、です。」



彼が私の心を見透かしたように言ったのと同時に、私の背後に妖怪が姿を現す。
それはまるで、逃げることは許されない、と暗示しているようで


ひやり、と背中に気持ちの悪い汗が伝った。
騙したのか、と的場さんを睨みつけると、彼はさっきのようにまた口端を歪ませた。


「騙したもなにも、ここまで来たのはあなたの意思。それにさっきまで必死に助けを求めていたのはあなたでしょう?」


そう言い返されれば言葉に詰まる。
そりゃあ、なかなか木から降りれなかった私は、誰でもいいから助けて欲しいと思ったし、この屋敷に来たのだって無理やり連れてこられたわけでもない。

けれど何も言い返せなかった私には、不服にも彼の瞳に射竦められ、その場を動くことができなくなってしまった。


「最初から、このために私をここまで連れてきたんですか?」
「それ以外に、何があります?」
「……」
「捕まえろ。」


彼の一言が発せられると同時に、頭にひどい痛みと衝撃が走り……その先は覚えていない…。