main short | ナノ

14/14






体を撫ぜる風は、すっかり温かさを帯び、視界の端には、若々しい葉っぱを付けた桜が清々しいほどに春風に揺れていた。
舞い落ちてきたばかりの桜の花びらが私の歩く道を埋め尽くす。

空を見あげれば初夏ももうすぐのまっさらな青空が私の視界を覆う。


そういえば、彼と初めて出会ったのも、丁度この季節だったっけ_____












「だ、誰か〜…助けて〜〜。」


そんな情けない声を上げながらも、私は必死に助けを求めていた。眼下には視界を埋め尽くすほどの桜の花びらが映る。
こんな状態が、少なくとも一時間は続いていると思う。


まぁ、原因は私にあるのだけれど。


少し前のことだ。今年の春、3年間の高校生活を終え、念願の大学生になった私。
決して学力が高い大学、とか、そう言うのではないし、ドがつくほどの田舎の中にある大学だったけれど、初めての大学生活、というのに、私は心を弾ませていた。

新しく友達もたくさんできたし、それなりに楽しい生活を送っていて、これ以上ないほどの幸せを感じていたのは紛れも無い事実。



今ではすっかり仲良くなった友達とも、一緒に秘密を共有したりもした。

けれど、私にはどうしてもみんなには話していない、いや、話せないことがひとつある。





私は、妖なのだ。


そんなことをみんなに言ったら、きっと避けられ、軽蔑されるに決まっているから、だから私は今までずっとこのことを黙ってきたのだ。
誰にも話せないというのは、多少の苦労があったけれど、それでも妖と気づかれるくらいなら、と今まで必死に私は人間なのだと嘘を言い続けてきた。

そんなことを考えながら森を歩いていたら、たまたま、そう、たまたまなのだ。以前お世話になった妖怪とばったり出くわした。
しかし人間の服装を見に纏ったままだった私は、なかなか自分だと気付いてもらえず、まぁ、こんな深い森の中だし、妖しの姿のままなら余程の妖力を持った人間ではいと私の姿は見えないし、大丈夫だろうと思い、私本来の姿である妖の姿に戻り、そのまま数十分会話に花を咲かせていた。
久しぶりに会ったとだけあって、なかなか話が途切れる様子が全くなく、その頃には自分が妖姿だということもすっかり忘れていた。


しかしそれが大きな油断を生んだ。


「あれ?理緒ちゃーーーん?いるのーーーー?」


どこからか、春に仲良くなったばかりの友達が、私の声を聞きつけて近くまで歩いてきたのだ。



まずい。私の姿は見えないとしても、友達が見えるはずのない妖怪と二人きりだったこの森で、一人で話し声が聞こえたとなれば確実に怪しまれてしまう。
せっかく今まで隠し通し続けていたのに、ここでバレてしまってはせっかくの苦労が水の泡だ。


そう思った私は、急いで近くにあった木に登り、友人が早くこの森から離れてくれるよう願いながら、しばらく様子をみることにした。

早まる鼓動を必死に抑え、息を潜めながら私は眼前を見下ろした。
しばらくすると、さっきまで私がいた場所に友達が歩いてきた。

木を見上げるような素振りはなかったから、バレてはいないはず。


「…あれー?さっき確かに理緒ちゃんの声が聞こえたはずなんだけど…」


彼女はきょろきょろとあたりを見回して、おっかしいなぁー、と独り言を零しながら帰っていった。

やがてその姿が完全に見えなくなると、早かった鼓動もすっかり治まり、私はホッと胸をなでおろした。


…と、とりあえずは一安心ね。


早く元の服に着替えてここから出よう。そう思って再び下を見下ろした時、私は気づいたのだ。



………降りられない。



さっきは必死で気付かなかったけど、結構上まで登ってきてしまっているではないか。


降りようと決心しても、体が無理だ、と動こうとしない。数分前まで話していた妖怪はいつの間にか姿をぱったりと消していた。

どうしようか、とりあえずは助けを呼ぼう、と必死に声を上げ続けて…





そして今に至る。




木に登ったばかりの時はまだ日が登り始めたばかりだったのに、今ではもうすぐその日は真上にまで登ってきそうだ。

あれから何度助けを求めただろう。

先ほどからちょくちょく人間は通ることはあっても、姿が見えないとあっては誰も助けてくれない。


ここは意を決して飛び降りるしか、と思ったその時。





…前方からさく、さく、と草を踏み分ける音が聞こえた。

これはチャンスである。


「ちょっと!そこの誰か!助けて!」


私は精一杯の大声で助けを呼びながら、音が聞こえる前方をじっと見つめる。

やがて姿が見えて…

……はぁ、と溜息を付いた。

前方を歩いてきたのは、妖怪ではなく普通の人間であった。

やっぱりダメか、そう思ったとき、不意に、私の真下でその人が足を止める。



そして___


「ほら、そんな所でじっとしていないで、受け止めてあげますから降りてきてはどうですか?」



人間であるはずの彼の赤い瞳は、私をしっかりと捉えていた。

受け止めるといった彼がほら、と手を広げた瞬間、春風がさぁっと吹き抜け、私たちの間を桜の花びらがはらりはらりと舞い落ちた__。



…そう、それが、私と彼の出会いだった。











「…理緒……理緒!」



名前を呼ばれて我に返った私ははっと振り返る。当然そこに立っていたのは…


「…静司さん…」


まだぼうっとした意識のまま彼を見つめると、静司さんはそんな私をまるで壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。
抱きしめられたまま僅かに顔を上げてみると、いつもの祓い屋業をしている時の彼からは想像もできないほど、彼の表情はひどく優しげだった。


「こんな道のど真ん中で一人で惚けて、どうしたんです?」

「ふふ、静司さんと初めて会った日のことを思い出していました。」

「あぁ、そういえばあなたと出会ったのは去年のちょうど今頃でしたかね。」

「私、まだその時のことをはっきりと覚えているんですよ?あの時の静司さん、とってもかっこよかったですから。」


私が笑いながら静司さんを見上げてそう言えば、先程よりもより一層強く抱きしめられた。着物越しに彼のぬくもりが伝わってくる。このぬくもりを感じることができるのは、世界中でたった一人、私だけの特別な場所。そう思うとなんだか嬉しくて。


「全く、いきなり何を言い出すのかと思えば…そんなこと言われれば、もう貴方を離したくなくなってしまう。」

「いいですよ、離してくれなくて。私も貴方と離れたくなんてありません。」


本当にそれで構わなかった。貴方が私を愛し続ける限り、私が貴方のそばからいなくなるなんてことはありえないから。







___だって、私は静司さんを愛しているんだもの。








今はただ、貴方に逢えた幸せを噛み締めながら、静司さんの温もりに甘えるように、彼の胸に顔をうずめた_______。









はい、なんだか最初の辺り、ぐだぐだになってしまいました(T_T)
ただ的場さんと理緒ちゃんの出会いと、理緒ちゃんが妖怪であるということと、最後の甘々が書きたかっただけなんです。えぇ。言い訳なんてしませんよww
なんだか私には、マンガやアニメのなかの的場さんみたいに、妖艶さのある的場さんは書けない気がします…。
まぁ、がんばりたいと思います!!!

(2012.1.15)