扉を開くとまるで出迎えてくれるかのように涼しい潮風が私の頬を吹き抜けた。
小さいながらも活気あふれるその町は、さすが貿易の地とも言うべきか、人々の賑わう声で活力にみなぎっている。
テレビの中でしかお目にかからなかった景色を、今、自分は目の当たりにしているのだ。
元居た世界とは違う。皆生き生きとした目をしている。
胸にこみ上げてくる感動は抑えきれずに思わず声に出た。
「わぁー……すごい…。人がこんなに……」
「そんなに驚くモンか?俺からしたら普通の景色にしか見えないんだけどな。」
「うん、だって私のいた世界の人は皆死んだ魚みたいな目してるもん。」
「お前の居た所って一体どんな世界だったんだ…ってほら、ぼーっとしてるとはぐれるぞ?」
「はぁーい」
確かにこの人集りでは本当にはぐれてしまいそうだ。いくらゲームの中で見たことあるにせよ、初めて訪れる土地で独りになってしまったら面倒である。なるべくククールの側を離れないようにしながら、私達二人はとりあえず目の前にあったお店に入ることにした。
水色のプレゼント何件かお店を廻ると、最初は手持ち無沙汰だった両手も段々と買った品物で溢れかえってくる。
大して買うものも無いだろうと思っていたはずが、いざ廻ってみるとあれもこれもと思った以上に荷物が増えてしまった。
とは言えその大半はククールが持っていてくれているのだが、さすがに彼ももうそろそろ限界だろう。両手に提げている紙袋の量がそれを物語っていた。
ごめん、もう帰らないとね、と言いかけてククールのほうを振り向く途中、彼の肩越しに見えたある一軒のお店に目がいった。
活気ある店が立ち並ぶなかに一目置くように佇む小洒落た一軒の店。
その店のショーウィンドウには、青いリボンを腰の上辺りできゅっと結んだ綺麗な水色のワンピースがトルソーに着せられていた。
「…可愛い……。」
でもこれ私が着ても絶対に似合わないんだろうな……
「ん、どうした?リアン。なんか気になる物でも見つかったのか?」
そのままそのワンピースに釘付けになっていると、それにククールも気づいたらしく、私の視線をたどりながら首を巡らす。
「ううん、何でもないよ。ちょっとぼーっとしちゃっただけ。」
ただでさえ居候の身でありながら生活用品の何から何まで全てお金を出してもらっているというのに、服装にまでわがままを言うなんておこがましい事この上ない。
未練がましくはあれどそのワンピースから目を外すと、私は彼に悟られないように誤魔化した。
「…?そうか?なら別にいいんだけどな。」
私の返答に納得がいかなかったのか、彼は私の方をずっと見ていたが、結局諦めたのかしばらくするとまた前を向いた。
自分で稼げるようにでもなったら買えば良い。今は忘れよう。そう心に決めると、急に向こう側の方で町の人達がざわめき出した。
「何だ?ちょっと行ってみようぜ。」
興味を示したククールに連れられて人集りのできている近くまで行ってみると、どうやらざわめきの原因は停泊所に停められた一曹の船らしい。
周りからは「すごいね」だの「相当腕のあるひとなんだなぁ」などの話がひときわ目立って聞こえた。
「そういえばここの定期船、魔物が多くて最近滞ってたらしいな。また再開でもしたのか?」
「魔物か…物騒だね…。」
なんて世間話じみたククールの会話にうんうんと相槌を打っていると、何やら頭にはっとしたものが浮かんだ。
…………止まっていた定期船、魔物………………
…そうだ!!
「ちょっとそこどいてもらえませんか!?」
人集りを押しのけて少し強引に前に出てみると、ちょうど甲板の方から出てきたのは思った通りの人物だった。
一人は耳の上で高くツインテールに結んだナイスバディな女の子。もう一人はトゲトゲ帽子をかぶった太っちょの中年。
そしてその二人の前を歩いているのは、オレンジ色のバンダナが特徴的な黄色いジャケットを羽織った青年。
見慣れた姿、である。
なんかちょっと感動…!
ククールに初めて会った時もそうだったが、ゲーム開始からずっと操作し続けていたお馴染みのキャラクターを目の前にするとやはり感動もひとしおである。
話しかけてみたいな…、でもいきなり訳分からない人に話しかけられても困っちゃうよね…
そのまま感動に浸っていると、まばらになってきた人集りの向こうからククールが私の名前を呼びながら歩いてきた。
「ったく、一人で勝手にふらふらどっか行くなっつっただろ」
「えへへ、ごめんなさい。ちょっとね、ちょっと。」
「…?まぁいいか、そろそろ帰るぞ。買い残したものとかは無いな?」
「うん、大丈夫だと思うよ!」
それじゃ行くか、と踵を返したククールの後を追いながら、もう一度後ろを振り返ってみると、彼らは何やら道具屋の若者と話しているみたいだった。
「…っと、帰る前にちょっと休憩してこうぜ。ちょうど近くに喫茶店あるみたいだしな。」
「そうだね。私ちょっと足疲れちゃったかも。」
彼にしては珍しい発言もあるのだろうと思いつつ二人は数メートル向こうにあった喫茶店の扉をくぐった。
席に着くなりウェイトレスさんが注文を取りに来てくれたので、ククールはアイスコーヒー、私は紅茶を頼み、しばらくしてそれが運ばれてくると、ククールは、丁度喉乾いてたんだよな、と半分ほど一気に飲み干した。
それにしても…こう見るとククールってやっぱりかっこいい。美形だと思う。
さすが周りの女性がキャーキャー言うだけあるよね。
ここに来る今までだって、彼と一緒にいると女性達の黄色い歓声を一手に浴びていたり、中には初対面なのにいきなりデートの申し込みをしてくる人やらなんやでまぁすごいことすごいこと。
その上ククールが「君からの誘いは嬉しいけど、今は用事があってね。また今度な」なんてウィンク一つバッチリ決めるもんだから、もう女性たちは大興奮。
さすが、カリスマはやることが違うな。
なんて物思いにふけっていたら、はっと気が付くとククールがこちらをじっと見つめていた。
さっきまでククールのことを考えていたせいなのか、じーっと見つめられる熱い視線に思わずたじろいでしまう。
「なっ、なーに?」
「いや、なに考えてるんだろーな、と思ってさ。さっきまで俺のことガン見してただろ。」
「え、嘘?そんなにククールのこと見てたかな?」
自分では覚えが無いけれど、よくよく思い出してみればぼーっと見ていたかもしれない。
「何、俺のあまりの格好良さにリアンも惚れたか?」
「えっ!?そんな事あるわけないよっ」
惚れた、の点には当てはまらないが、ククールの発言がおおよそ図星で驚いた私は明らかに挙動不審に視線を逸らした。
そんな私をククールはからかうように見ていたが、やがてはっとしたような表情をして
「あ、わりぃ、俺用事思い出したわ。ちょっと此処で待ってろ。」
と一言席を立つと、颯爽とお店から出て行ってしまった。
「あーあ。……暇になっちゃったなぁ…。」
何して暇つぶしてようかな。
喫茶店の扉をパタン、と閉めるとククールははぁ、と一つ大きなため息をついた。
思い出すのは先程の彼女。
じーっとこちらを見つめられたと思えば無自覚なんて。
「…ったく、反則だろあんなの……」
自覚なしであんな可愛い瞳で見つめられたら世界中の男の誰だってきっと彼女に惚れてしまうだろう。
しかもちょっとからかってやっただけであそこまでわかりやすく反応してくれるとは。
なんとも天然な少女に出会ったな、と僅かに口角を上げると、ククールは早速歩みを進めた。
目的は一つである。
ククールが喫茶店を出て行ってもうどのくらい経っただろうか。することも特に見当たらないので、リアンは暇を持て余していた。
そのままテーブルに突っ伏すと目の前にはすでに中の氷が溶けて表面に水滴がいくつも滴っているグラスが二つ。
ククール、何やってるんだろう。遅いな……
少し疲れが出ていたせいか、眠気に負けつつある瞼は閉じる寸前で、だんだん意識が遠くなる。
このまま彼が帰ってくるまで少し寝てしまおうか、そう思って今まで耐えていた眠りの世界に意識を委ねようとした時、ふいに後ろから声を掛けられた。
「ねぇキミ、さっき僕達のことずっと見てた人だよね?」
ククールが帰ってきたのかと一瞬思ったが、声質やその口調は彼のものではない。確実に。
ではこの声の主は一体誰なのかと首を巡らしてみると、そこには思いがけない人物が立っていた。
「僕はエイトって言うんだ。それでこっちの山賊みたいなのがヤンガスで、こっちの女の子がゼシカ。」
「え、あ、えーと、えーっと…。」
「ちょ、兄貴ぃ!アッシはもう山賊からは足を洗ったでがすよ!?嬢ちゃん、勘違いしちゃぁ駄目でげす。」
「えーーっと……」
「ちょっとあんたたち!そんな事一気に言ってどうするのよ、この娘困ってるじゃない。」
ごめんね私達いつもこうなのよ、と謝りながらも彼女に握手を求められ、勢い良く上下に手を振られたままリアンはぽかんと口を開けた。
話して見たいとは思ったけれど、まさか向こうから話しかけてくるとは微塵も思っていなかった。しかも主人公の名前まで私がつけた名前と一緒とは…。
なんとも不思議なことがあるものだ。
「えーっと、確かあなたは…リアン…よね?」
「…えぇぇ!?どうして知ってるの?」
どうしてゼシカが私の名前なんかを知っているのだろう。
ただでさえ驚きを隠せないリアンはこれでもかと言うぐらい驚愕した。
まさか私の名前を知っているなんて、やはりこの世界の人はミスターマ◯ックの子孫か何かではないのかと本気で疑ってしまう所である。
「さっきあなたのことを呼んでる人を見たからよ。赤い服に銀髪の男だったかしら?」
言われて私はあぁ、と一言合点がついた。
赤い服に銀髪、と言えばもうククールしか当てはまらないだろう。
ゼシカに彼氏?と聞かれた時には全力で否定したけれど。
「それでリアン、僕達に何か用でもあるんじゃないの?」
「嬢ちゃん、食い入るようにアッシらのことをガン見してたでがすよ。」
「…え!?そんなつもりはなかったんだけど…。」
本日二度目の言葉にまたたじろぐ。
人をガン見してしまう癖でもついてしまったのか。
「あら、そうなの?…じゃあ私達少し急いでるからもう行くわね。それじゃあ、またどこかで会えたらいいわね、リアン!」
「うん!またね。」
いつかまた会えるだろうか、そう考えながらもお互い手を振り合うと、3人は喫茶店を出て行った。
あ、また暇になっちゃった。
どうしようかと頬杖をついてぼーっと考え事をしていると、少しも経たないうちにやっとククールが帰ってきた。
「おかえり、ククール。どこ行ってたの?」
「ごめんな、ちょっと遅くなっちまった。…ほら、これ。俺からリアンにプレゼント。」
そう言って彼は手に持っていた包みを手渡した。
重量こそないものの比較的大きめなそれは、赤いリボンで綺麗にラッピンクされていた。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
何が入っているんだろう、わくわくしながら包みを開くと、中身を見て私ははっとした。
確認のために自分の目の前に広げてみると、やっぱりそうだ。私がさっき釘付けになっていたあの水色のワンピースそのものだった。
「…これ、私に?」
「もちろん。リアンに絶対似合うと思ってさ。」
「ほんとに!?嬉しい!早速着てみるね!」
リアンは小走りでお店の人の元まで行くと、従業員用の更衣室を借りて着替えた。
あの時、彼は私の目線の先にあるものに気がついていたのだ。
その上あえてそれを言わない彼の気遣いには大いに感謝をしなければ。
似合っていなかったらどうしよう。内心僅かにハラハラしながらククールの元へ行くと、彼は一瞬驚いたような顔をしたがまたすぐにいつもの顔に戻った。
「似合ってるよ、リアン」
「ほんと?…えへへ…ありがと、ククール」
「レディのためならお安い御用さ」
そう言ってククールは私の頭をくしゃっと撫でた。
レディと言われている割にはなんだか扱いが若干子供だが、中世を行く騎士の美男子の笑顔で言われてしまえばまぁそれもいいかと思ってしまう所は流石カリスマと言えよう。
「それじゃ、そろそろ帰るとするか。ほら、ぼーっとしてると置いてかれるぞ。」
「うん!」
この世界に来てしまったのはもうどうしようもないことだけれど、この人と一緒に居れて良かった。
心のなかでもう一度彼にありがとう、と言って、二人は船着場を跡にした。
やっとエイトくんをだせましたーーw
主人公を差し置きマルチェロさんが先にご登場というまさかの展開w
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