main DQ8 | ナノ
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目の前の書類にさっと目を通らせ、サイン欄にペンを走らせる。一枚めくってはまた同じ事の繰り返し。
部屋には埃一つ落ちておらず、家具の配置も完璧。おまけにワックスで固めたオールバックの髪型ひとつとっても、みっちりぴっちり、浮き毛一つない。

いつも通りの日々。何の変哲も変化も無い。


そんな日々の中、ふいにコンコン、と、どこか軽快なドアのノック音が部屋に響いた。






戦線ツンデレ布告





普段あまり聞くことのないその音に、私は別段驚きもせずに書類からは目を離さないまま「入れ。」と告げる。どこかのお偉いがこの地に巡礼にでもやってきたか、それともまた`アイツ`が問題でも起こしてくれたのか、一瞬そんな思考が頭を巡ったのだが、「失礼します」、と一言、入ってきたのは_


「こ、こんにちは〜。お忙しいところすみません。マルチェロさん…ですよね?私、リアンと申します。」


おずおずと話を切り出しながらひょっこっと姿を現したのは、私の予想を大きく外すものであった。淡いピンクの髪にエメラルドグリーンの瞳の少女は、どうやら私に用事があるらしい。見た感じからしてここに巡礼に来た…というわけでも無さそうなのだが…。
大体一般人が巡礼するのにわざわざ私の所に来る必要もない。そもそもここは団員の者またはその関係者以外は立ち入り禁止の筈である。


「あぁ、私がマルチェロだが…私に何の用だ。」


この忙しい時に…と心の中で毒づきながらも、やはり書類からは目を離さないまま答える。するとリアンと言ったか…は、また先程と同じくおずおずと話しはじめる。



「えーっとですねぇー…その…私、ここに暫く居させていただくことになったので、その挨拶にとオディロ院長に言われまして、…あ!ちゃんと許可は頂きましたよ。快く了解をして頂きました。」



この修道院に居候だと?
私がやっと書類から顔をあげると、リアンは気まずそうに視線をきょろきょろ泳がせながらも私の返答を待っている。
…そもそも此処は女子禁制では無いのか。
まぁ彼女のあの様子だと、男に手を出すような女性には見えないが…どちらにせよオディロ院長の許可を貰ったなら私がどうこう言える事でも無いだろう。


「…勝手にしろ。」


特に言う事も無いので、私は興味無さげにそう答え、元の作業に戻る。…のだが、リアンはどこか納得の行かないような顔をして、こちらをじっと見ている。と、急にこちらの方へぱたぱたと駆け寄ってきた。




「分かりました!私がただ何もしないで居候すると思われたんですね!了解です、お手伝いなら任せてください!」


…なんだその程度のことか。
別段気にしたわけでもないが、手伝うというのなら好きにやらせておけば良い。


しかしそんな私には目もくれず、リアンは得意気に言い放つと、手始めにとデスクの上に無造作に積み上がっていた本を一気に持ち上げた。


「待て待て、そんなに持ったら絶対に運べないぞ」
「大丈夫です!、私こう見えても力だけは結構あるんですよ〜…ってわきゃぁぁぁぁぁ!」


だから無理だと言ったのに…言った側から早速雪崩を起こす始末である。どうやら大理石の床のちょうど繋ぎ目の所に躓いた様で、更に机の上は無数の本がばら撒かれ、先程まで寸分違わず整備されていた机上はまるで嵐にあった後の様である。


全く、私も暇では無いのだ!
がしかしこの状況を放っておく訳にも行かず、何よりこうも散らかっていては到底仕事が出来そうにもない。
これではどちらが手伝っているのか皆目検討が付きそうにないではないか。



「ご、ごめんなさい…お仕事増やしてしまいました…」

「全くだ。君は私を手伝うのではなかったのかね?」

「すみません……やっぱり私駄目人間ですね、そうですよ、人間の中の屑なんです何やったってドジしかしないしこれといって人より優れてるものもないしゴミなんです塵に等しいですどうしたらいいんでしょうマルチェロさん!」

「分かった!分かったから少し黙ってくれ!これでは落ち着いて考えるものも考えられないではないか!」



口では毒づきながらも見捨てるにはなんだか居た堪れなくなるのは人間の性か、仕方がないので重度の自己嫌悪に浸っている彼女の傍らにしゃがみ、一体にバラバラと虚しくぶちまけられている本やら書類を拾い彼女に渡してやる。するとついさっきまでの様子はどこへ行ったのやら、彼女のその表情は、「わ、ありがとうございますっ!」と一言まるで花が綻びたように笑顔になった。全く喜怒哀楽の変わりやすい奴である。

面白い奴だ…と半ば呆れつつ彼女を見やると、






「…えへへ……、マルチェロさんって、優しいんですね」






「…!な、なんだとっ、そ、そそそんなことい、言われようが私のい、怒りは収まらんぞっ!」




な…何を言い出すと思いきや…本当に良く分からない奴だ。この常に冷静沈着な私が取り乱してしまったではないか。
…全く…先程から彼女にはペースを乱されるばかりである。





「全く…次こそはきちんと役に立ってくれたまえ。もう邪魔はするなよ。」

「はい!さっきはちょーーっと足元不注意だっただけです!次こそ頑張りますよ!」


片手でガッツポーズ一つ、彼女は意気込んでまた一気に大量の本を抱え込む。…のではあるが、どこかおぼつかない足取りでふらふらしながら一歩一歩進む彼女を見ていると、また同じ結末になりそうな予感がしてならないのだが…





「うきゃぁぁぁぁぁ!ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」







彼の予感は見事に的中したのである。

















ちょうどマルチェロさんの部屋から帰って来る時のことである。
私の部屋の前に寄りかかるようにして立っているククールがいた。私の帰りを待っていてくれたのだろうか、誰かを探しているようにしきりに左右に動いていたその視線は私を見つけるとようやくお出ましか、と言わんばかりの視線を投げつけながら歩いてきた。




「ちょうど戻ってくる頃かと思ってさ。…あの団長殿のことだから、リアンなんて泣きじゃくって帰ってくるんじゃないかと思ったんだけどな」

「む、なによそれっ、全然大丈夫だったもんっ、一緒に仕事も手伝ったし、すっごく優しい人だったよ?」

「へぇ…さすがの団長も女性には優しいってトコかな。」

「ふふ、これぞ女性の特権ってやつ?…っていうか、私に用があったんじゃないの?」

「あぁ、そうそう。…お前、さすがにこのままじゃ此処で生活出来ないだろ?だから日が暮れないうちに買い出し行かないとなと思ってさ。」


そうだ。此処で居候させてもらうといっても持ち物も何も無いままでは生活のしようがないではないか。
自分の事であるにも関わらず肝心なことをすっかり忘れていた自分に我ながら呆れる。


「ほら、何やってんだ。行くぞ。あ、とりあえずこれ持っとけ。そんなに長い距離じゃないし俺が守ってやるけど、途中で魔物に殺されちゃたまんねぇからな。」

「ほぇ?あぁ、う、うん…」


渡された刃渡りの比較的長めなナイフを見つめて思う。
もともと刃物なんて言えば包丁くらいしか握る機会のない世界に身を置いていた自分にとっては、『殺す』という単語一つとっても物騒極まりないのだ。
なんとも言い知れない怖さを感じるとともに、先を行くククールの背中が今はとても頼もしく感じた。











ツンツンしてばかりかとおもいきやの意外と優しいうちのマルチェロさんです(笑)
この小説においてはまぁなんだかんだで重要なキャラクターだったりしますからねーw
ちなみに私は包丁すらろくに握らないダメ女です(笑)