main DQ8 | ナノ
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「ククール?入るよ?」


コンコン、とドアをノックしても返事はない。
思い切って彼の自室のドアを開けてみる。…がしかし思った通りと言うべきか、彼はそこにはいなかった。
返事のない時点でなんとなく不在なのは分かっていたのだけれどもやはりもぬけの殻の部屋を見ると僅かに抱いていた期待も失せ、リアンは、はぁ、と僅かに肩を落とした。


「ここにもいない…か。」


一体どこに行っちゃったんだろう、とリアンは一人ぽつりとつぶやくと、ククールの部屋をパタンと閉めた。
こんな重要な時に限って、彼はどこに行ってしまったのだろうか。




不穏





つい先刻のことである。


何もやることがなくて、しかしなんとなく部屋に篭るのも嫌で宛もなくふらふらと宿舎の廊下を歩いているとき、ふと向こう側から聞こえてきた騎士団の人達の話の中に、どうも気にかかる話題を見つけたのだ。


「そういえば今日、オディロ院長がおかしな道化師を部屋に招いたらしいぞ。」

「あぁ、知ってる知ってる。何でもそいつ、ずっと不気味に嗤ってて、何かあるとすぐに『悲しいなぁ、悲しいなぁ』って呟いてるんだろ?」

「そうそう。全く院長も変わり物だよなー。」


おかしな道化師。

そのワードにリアンはピンときた。ドルマゲスではないのかと。確かエイト達がこの地方に訪れた理由もドルマゲスがこの大陸に向かったと聞いたからであったはずだし、第一不気味なんて言葉の似合う人物なんて今まで生きてきた中ではドルマゲスくらいしかいないのだ。

不安がリアンの頭をよぎった。あいつがここに来ているということは、もしかしたらここの修道院にいる誰かが__なんて不吉な考えが浮かんでしまったからだ。
直接自分に関係は無くとも、元の世界のゲームの中でドルマゲスがやったことを考えると、見過ごすことなんて出来るはずもなく、まずはククールに相談してみようと彼の自室を訪れてそして今に至る。

いないとなるとやはり次の居場所の候補としてはドニの酒場だろうか、道中の魔物や酒場のあまり上品でないお酒の匂いの漂う空気に若干行く気が引けるが、行かないことには始まらない。

そうとなれば早速身支度を、と少し早足で中央広場側の宿舎棟の扉に向かう途中だった。




『_はどこまで___落とせば____済むんだ!』




僅かにではあったが、確かに誰かの怒鳴り声がリアンの耳を掠めた。
どうやらすぐ手前の下り階段につながる地下から聞こえてくるようで、声の主は恐らくマルチェロさんだろう。誰が彼のお怒りを受けているのだろうか。
普段からイライラした雰囲気を発していることが少なくない彼だけど、ここまで怒らせるなんて一体誰が___。



「…あ……もしかして……。」



ふとある人物の名前を閃いたと同時に再び響いてきた怒号には、確かにその人物の名前が発せられていた。


間違いない、きっと地下にいるのは、マルチェロさんとククールだろう。

ドニまで出かけてしまう前に気づいて良かった。しかしこの現在進行中の彼の叱咤は一体いつまで続くのだろうか。
用事半分好奇心半分、別に悪いことをしているわけでは無いけれど一応誰かに見られていないか周囲を確認するとリアンは忍び足で地下へと降りていった。


階段を半分ほど降りたあたりで、地下特有のひやっとした空気がリアンを包み込む。特に訪れる用事も大した興味もなかったので、今までここに来たことは無かったが、地下はリアンの思っていたものより少し広いようだ。

そのまま声のする方向へと足音を立てないように進んでいく。

途中には鉄格子の牢屋がいくつも並んでいた。修道院、と言われれば思い浮かぶのは神聖、とか清楚、とかそんな言葉であるが、そんなイメージからはまるでかけ離れたここは、上の階とは全く正反対な雰囲気を漂わせている。

一番奥の部屋までたどり着くと、リアンはそーっと鉄格子の窓枠から部屋の中を覗いてみた。
今までの牢屋とはちょっと違うらしく、簡素な椅子と机に、血塗れた手鎖やら鈍器のようなものがまとめて置いてあり、更にその奥の部屋には重々しいこれまた血だらけの鋼鉄の扉が異様な存在感を示していて、この部屋やそれらが何の為に作られたか分かった途端リアンはぞっとした。

肝心の二人はリアンの少し目の前だ。数メートル先には見慣れた銀髪の彼の後ろ姿が見える。
一方のマルチェロさんの姿はちょうどククールに隠れてしまって見えないが、見えずとも剣呑なオーラを目の前のククールに放っていることは確かだった。対してククール方は何も言い返さずに黙っている。なんとも彼らしくない。いつもの調子の彼はどこへやら。



上の階でも思った通り、マルチェロさんのお小言は未だに続いている。口調も私と話している時より幾分も刺があった。



…とりあえずククールがここにいることは分かったんだし、こっそり覗き見していたなんて今のマルチェロさんにバレたらとんでもないことになりそうなので一旦上の階に戻ろうとくるりと彼らに背を向け歩き出そうとした時、ん?と聞き返してしまいそうなマルチェロさんの一言が部屋に響いた。





「……全く、半分でもこの私に貴様の血が流れていると思うとぞっとする。」





その理解し難い言葉にリアンはぴた、と歩を止めた。



同じ血が流れている?それも半分とは一体どういうことだろうか。
リアンは思わず足を止めて再度彼らの方を振り返り覗いてみた。お互いの間にはまだ言い知れないような重い沈黙が流れている。






_と、ふいにククールが片手を自身の背中に回し、まるで私に向けてむこうにいってろ、と言うかのようにひらひらと手を払った。


…もしかして私がここにいることが気付かれてる?と思っている間にそのままククールの人差し指は空中で何かを描く。どうやら文字を描いているようだ。



『用事があるなら後で聞いてやるから、部屋で待ってろ』



やはりククールに私の存在はバレバレのようだった。自分なりに気づかれないように歩いて来たつもりだったのに、気配でも察知していたのか、すでにお見通しだったらしい。


…まぁ、いくら用があったとはいえ、やっぱりこれ以上ここに留まるのは良くないか、とリアンは再び彼らに背を向けて来た時と同じくそーっと足音を立てないよう階段へ向かった。







部屋までの道のりでリアンはぼんやりと考えながら歩いていた。
思考の中心人物はもちろん彼ら_ククールとマルチェロさんのことだ。

以前からなんとなく2人の剣呑な雰囲気を感じとっていなかった訳ではなかったしほかの騎士団の人達からあのマルチェロさんはククールのことになると途端に機嫌が悪くなるんだとかそんな話を聞いてはいた。
だからこそ地下室でマルチェロさんの怒りの矛先がククールに向けられていることがわかったのだけれど、どうしてそんなに二人の関係が悪いのか、理由を聞いたことはなかった。

一見全く関係性のない二人だが、さっきのマルチェロさんの発言から見ると、何か深い事情でもあるのだろう。

きっと聞かないほうが良い話なんだろうけれど、でも一度考えてしまえばやはり気になるもので_



「うあー気になるよぉぉぉぉぉぉう!」



突然のリアンの叫びにすれ違った修道士の人がびっくりしてこちらを振り返ったが気にせず頭を抱えていると、あっと言う間に部屋の前までたどり着いていた。


とりあえず頭を冷やそう。肝心なことはそこではないんだ。


ドアノブをひねってそのままベッドに倒れこんで数十分は経っただろうか、コンコン、と軽いノック音とともに『リアン?入るぞ?』というククールの声がドア越しに聞こえた。


どうぞ、とベッドにちょんと座り直したリアンの一言で部屋に入ってくると、そのままククールはベッドの脇にあった椅子に腰掛けた。



「_で…、あんなとこまで探しに来るなんて、何か大事な用事でもあるんだろ?」

「うん…あのね____」



リアンはすぅ、と軽く息を吸うと、それまでに至った経緯と理由をククールに話した。
ドルマゲスという名の道化師の格好をした悪いやつがオディロ院長の所に来ているらしいということと、そいつはもしも私のもと来た世界の物語と合っているとすれば、容赦なく人を殺すような危険なやつだということも。




「_ということでククールのことを探してたんです。居場所が分かったからすぐに戻ろうと思ったんだけど…」

「…柄にもなく立ち聞きしちまったってことか」

「うぅ……ごめんなさい……。」


核心を突かれてリアンはう、と言葉に詰まるも恐る恐る謝り顔を上げると、ククールはさほど怒ってはいないようで、はぁ、と溜息をついてリアンの頭上まで手を伸ばし、そのままぽふ、と頭の上に手を置いた。


「頼む、聞かなかったことにしといてくれ。…リアンにもいずれ話すから、な?


_それよりも本題はドルマゲスってやつだ。…俺も感じてはいるんだ、とんでもなく禍々しい気の持ち主がこの修道院に紛れ込んでいるのを。

……たぶん、リアンの言ってることは間違ってないと思うぜ。」


「それってつまり…。」


_オディロ院長が狙われているかも_。
それは口に出さずともククールには伝わったようで、彼はいつになく深刻そうな面持ちでゆっくりと頷いた。

しかし、そうとなれば今のこの状況はとても危険ではないだろうか?
聞き耳を立てただけということもあって詳しい情報ではなかったにせよ、ククールが邪悪な気を感じた通り、ドルマゲスがこの修道院の何処かにいることはほとんど確かと言えよう。
あんな不気味な格好ではその辺をうろついていれば怪しまれるだろうし、そう考えるとやっぱりドルマゲスは院長の部屋にいるとしか考えられないのだ。

そういうわけで何か一大事があってからでは遅いと院長の部屋に行ったのは良かったのだが…





「ならんならん!ここを通っていいのはあくまでマルチェロ団長の許可を得たものだけだ!」


リアンは思わずはぁ?と声を上げてしまいそうだった。
離れにある院長の部屋を訪れるどころか、手前の橋で騎士団の人達が行く手を阻み、そこから先を通そうとしないのだ。

オディロ院長が危ないかもしれないのに…!と憤る気持ちを抑えて、ダメでもともともう一度お願いしてみる。


「どーーーしても、ダメですか?」

「駄目だ。」


頑なな返答にリアンはため息をついた。
このままここで粘ってもきっとつまみ出されるのがオチだろう、「分かりました…ごめんなさい」とぺこりと不服ながらもお辞儀をして踵を返し宿舎棟へ戻った。



「やっぱりダメだった…。」
「だろうな…、あのお堅い騎士団の奴らが通してくれるとも思えない。」
「うあー…打つ手なしか…。」


廊下で待っていたククールに報告すれば、やっぱりか、と薄々結果が分かっていたらしく、まぁ正面からは諦めるしかないな、と腕を組んで廊下の壁に寄りかかった。


どうにかしてドルマゲスの先手に回る方法はないのか、お互いいい案が浮かばないまま数秒、沈黙が流れた後、横合いから「あら、リアン?」と声を掛けられ振り向けば先日会った解決の糸口とも言えよう救世主になる顔ぶれと再会したのだ。









前回の更新から大分期間を開けてしまいました(汗)もう内容なんて忘れちゃったよー!、という方本当に申し訳ありません…
ククールにいつ過去のことをリアンちゃんに打ち明けてもらおうか迷っております。