Destination-09
初めてなまえを知ったのは古代ルーン文字学の授業の時だった。
ジェームズ達が君の事を話していた。
『学年末テストで一番だった女子生徒』
『東洋の方から来て真っ黒の目をしている』
『不思議なほど流暢に英語を喋る』
少しは興味を引かれたが、気になるというほどではなかった。
目の前に例外の男が座っているが、試験で一番を取る奴なんて大方が“ただ真面目なだけ”の人間。
どんなに可愛くても割に合わないに決まっている。
先生に続いて入ってきたなまえはすごく大人しそうに見えた。
案の定と思って視線を落としたら、凛とした声が耳に入る。
まっすぐこっちを見て、元気良く自己紹介をする。
まわりの生徒達も少し驚いているのが解った。
先生の指示で俺の隣の席に座る。
座る前に軽く挨拶した“リーマスに対して”君は頬を赤く染めた。
可愛いと思ったけど少しがっかりした。
だからわざと話しかけたんだ。
でも俺が話しかけたら逆にちょっと困ったような表情になった。
今度は本当にショックだった。
それに少し
悔しかった。
その気持ちを紛らわす為に、君が解けるはずの無いような難しい問題を解かせようとしてみた。
思ったとおり学年1番のなまえでも難しいらしくて、凄く困っていた。
諦めて謝ってくるのを待っていたのに、予想はずれに熱心に取り組んでいる。
その姿を見ているとなんだか変な気持ちになってきた。
罪悪感だけじゃなくて、もっと別の・・・何ともいえない感情だった。
その授業の後も、同じグリフィンドール寮なので時々なまえの姿を見かける事はあった。
でも特に話をしたりする機会はなかったし、彼女の視界の中に自分が入っているのかもわからなかった。
自分の記憶の中からなまえが薄くなってきていた頃、不意にその日はやってきた。
今から2ヶ月程前の魔法史の授業の時だ。
火曜日は6年生の授業の後に7年生の授業がある。
俺はビンズ先生が宿題を出していた事を忘れていて、教室の机の中に教科書を置き忘れていた。
それを知ったのは昼休みが終わった後。
もう時間がないのにリーマスが呆れて写させてくれないと言ったから、仕方なく魔法薬学をサボって取りに行った。
午後で最初の授業。
天井まで届くほどの大きな長方形の窓から、鈍い太陽の光が生徒たちを照らす。
透明マントを被った俺は忍び足で教室に入った。
生徒達はほぼ全員が居眠りをしていて、誰も全く気がつかない。
運良く俺がいつも座る席は空席で、窓際から3列目の一番後ろの席だった。
マントを引っ張り、引き出しの中に手を入れて教科書を取り出した。
音を立てずにスッと立ち上がる。
その時目に入ったのは窓際の一番後ろに座る女子生徒。
皆が居眠りをして崩れ落ちている教室で、一人黙々とノートをとっていた。
不意に顔を上げる彼女。
なまえだと気付いた瞬間あっと声をだしそうになる。
持っていた羽ペンの羽先で白い頬をちらちらと撫でていた。
先生が取り出した古い写真の資料をじっと見ている様だ。
彼女の背後から差し込む光で、横顔がシャープに際立っている。
瞬きする時の長い睫が可愛かった。
先生は説明に一生懸命で、生徒なんて最初から見ていない。
自分と彼女の周りだけ。
時が止まったような気がした。
今見ているのは自分だけなんだと意識すると、不思議と胸が高鳴ってきた。
その日以降、大広間でも談話室でも無意識になまえを探している自分に気がついた。
時々君を見つけると、変わらない様子で笑っている。
その笑顔や素振りを見ているだけで、どこか体の奥が軋む様な感覚を覚えた。
今までの自分はいつも全てがどうでもよかった。
別に好きじゃなくても、可愛い子に誘われると付き合ったりした。
でも途中で面倒臭くなって直ぐに別れるのが落ちだ。
ジェームズ達からはそれでからかわれるし、悪い噂も絶えなかった。
俺は俺でそれでも良いと思っていた。
これから何があるかもわからないのに、一生懸命誰かを好きになったり、何かに夢中になったりするのは馬鹿げていると思っていたから。
全てが中途半端に成り下がっていた。
そんな自分が何をやったって、心から楽しめる事なんかあるはずもなくて・・・
でも俺はなまえを知った。
先が見えなくても諦めない、頑張る事が自然と身についている君。
人の真剣な姿に、初めて心が惹かれた。
その眼差しの先にあるものが自分ならばいいのにと・・・そう思う様になった。
2週間ぐらい前に、なまえが魔法史の授業でいつもあの席に座っている事を知った。
別の時間割の日に、占い学をサボって裏庭で昼寝をしていた時だった。
先生にばれないように箒で木の上に登って、あくびをしながら時間を潰していた。
偶然見下ろした窓にはなまえの姿があって。
あの日と同じように真剣に授業に取り組んでいたんだ。
その姿を見つめながらあのメッセージを考えた。
君が興味を持つように。
真剣に考えてくれるように。
一生懸命考えた。
自分の中で燻っている気持ちに正直になりたくて。
今よりもっと君に近づきたくて。
君への気持ちを伝えようと心に決めた。
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