Destination-08
急に明るくなった部屋に驚いて、なまえは杖を落とした。
手から離れた杖の先から徐々に光が消えていく。
「あっ、ごめん。なまえ」
「大丈夫」
なまえは杖を拾おうとしたが、シリウスの長い手が先に拾い上げた。
お礼を言ってそれを受け取る。
さっきまで何を話そうかいろいろと考えていたのに、今ので頭が真っ白になってしまった。
シリウスがつけたランプは赤っぽいオレンジ色の光を放つ。
おそらく燃料は灯油だろう。
とても暖かくて、心地よい光だ。
ランプの光で窓の外の星の光は随分弱くなっていた。
「あの、まず聞いていいですか?」
壁に寄りかかったシリウスと、少し距離を置いて隣に座る。
「ここは・・・どこなんでしょうか?」
もっともな質問だった。
なまえはあの後石畳の廊下から出てきた階段を下りて、暗く狭い通路を100メートルほど歩いてきたのだ。
正直言ってそこらへんのお化け屋敷なんかよりもずっと怖かった。
「あぁ、ここはスリザリン寮の一部屋なんだ」
シリウスの説明によると、此処はホグワーツ城の地下だという。
地下だという事はなまえも解っていたが、窓があり、星が見えることが疑問だった。
スリザリン寮はほとんどが地下だが、この部屋のように湖の絶壁に面している部屋には窓があるそうだ。
星と湖が見渡せる大きな窓。
鉄格子も何も無いので、近づき過ぎたらまっ逆さまに湖に落ちる。
これには魔法がかけられているらしく、此方から外は見えるのに、湖側から見てもただの岩壁に見えるそうだ。
そしてなまえが入ってきた入り口とは別に出口もある。
それはスリザリン寮の廊下に出る道で、そちらも廊下側から此方は見えないし、通り抜ける事も出来ない。
しかし此方から廊下の様子は良く見え、一方通行で抜ける事も出来る。
この部屋の存在はスリザリン生だけでなく先生達も知らない。
何のために作られたのかは彼ら4人組も解らないそうだ。
なまえは魔法悪戯仕掛け人が只者では無いと改めて思った。
「来てくれてありがとう」
「あ・・・いえ、私も話したかったから。先輩がここにいるって事は、一応正解だったんですか?」
「うん、まぁそんな感じだ」
返事を濁らすシリウスに疑問を感じながら、なまえはまた唇を動かすのを諦めた。
この空間の居心地の悪さには慣れてきたのだが、未だにこの会話の雰囲気には慣れていなかった。
心臓の方も全く落ち着いてくれない。
今日の空には月が見えないので星がいつもより煌いている。
部屋のランプの灯りに影響を受けながらも、遠くの方では流れ星がきらりと流れた。
「あんな事して悪かった。本当に・・・ごめん」
シリウスの声が沈黙を破る。
今まで見たことが無いような、憂いのある灰色の瞳がこちらを見ている。
行き着く先が何処かわからない宇宙のように、意識が吸い込まれて目が離せなくなった。
「あの後ジーナに謝って、エイミーともちゃんと話し合ったよ」
あれだけ目立つことをしたのに話が大きくならなかったのはこれが理由だったのか。
上級生の先輩達が許してくれたのならばそれでよかったと思う。
「私は、もう大丈夫です。あの時は本当に驚いたけど・・・」
シリウスは、なまえが心からそう言っているのか見極めるように、静かに此方を見つめ続けている。
正直なところ、今でも思い出すだけで顔が赤くなりそうだった。
もしかしたら今も顔に出ているかもしれない。
部屋のランプが赤色で良かったと少しほっとした。
シリウスは何かを言おうと唇を微かに動かしたが、思い直したのか直ぐに視線を落とした。
暫くの沈黙の後。
彼は石の壁に寄りかかり、チラチラと揺れているランプの光に視線を移した。
「何を話そうかいろいろと考えていたんだけどな。なまえの前だとやっぱり緊張してきた・・・」
シリウスは左手で額を多い、細長い指の間からは瞑っている目が見えた。
綺麗な口元からため息が漏れる。
シリウス・ブラックでも緊張するのか。
人間なら当たり前のことなのに内心少し驚いた。
緊張で体が強張っているのは自分だけだと思っていたのに。
シリウスはいつも自信に満ち溢れていて、誰よりも輝いている。
こんなに困っている姿は初めてみた。
静かに瞬きをすると、先ほどと変わらない赤い空間が広がっていた。
小さく息を吸うと、息と共に決意の声を吐き出した。
「私は先輩と話す為に此処に来たんです」
静かな空間になまえの凛とした声が響く。
「ゆっくりでいいですから。聞かせてください」
微かにぶれるランプの炎は、小さな音を立てて明々と燃えている。
その光は部屋中を黒から赤のグラデーションに照らした。
なまえの革靴はその灯りが染み込む様にぴかぴかと光る。
『なまえは優しいから、簡単に人を見限ったりはしないよ』
シリウスの脳裏にジェームズの言った言葉が過ぎる。
「ありがとう」
ゆっくりと顔を挙げ、額から手を下ろした。
長い前髪で隠れていて、なまえには表情が良く見えなかった。
「俺のことは無理に許してくれなくても・・・いい。嫌いなままでもいいんだ。ただ・・・軽い気持ちとか、面白半分だったとかじゃなくて、信じてくれないかもしれないけど・・・」
一度ゆっくりと瞬きをして、先ほどよりも少し声が大きくなる。
「俺はなまえのことが好きなんだ」
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