「桃の妹ほんとに凄かったにゃあ!」

男子テニス部のコートで、英二と桃がウォーミングアップをしていた。
話をしながらラリーをしている。
英二がテニスボールを華麗に打った。

「ありがとうございまっス!!」

桃が力強く打ち返した。

「でも桃と全然似てないよね!」

「似てるって言われたことないんスよ!」

僕はラケットのガットを手で直しながら、二人のラリーを見ていた。
今すぐにでも華代ちゃんと話がしたい。
手塚の様子をちらっと覗ってみた。
手塚は休憩中の愛とコートの外で話している最中だ。
これは抜け出す良い機会だと思った僕は、そっと放課後の部活を抜け出した。
行先は、体育館。
何故だろう、体育館へ行けば君に逢える気がした。
ゆっくり歩き、体育館の前まで来た。
体育館の重い扉を開けた。
バスケ部やバレー部はオフなのか、どの部も体育館で活動していない。
そして思った通り、バイオリンを弾いている華代ちゃんがいた。
君はもう片付け終わって広々としている舞台の上にいた。
少し肌寒い体育館中に響き渡る、この国で一番のバイオリンの音色。
君が弾いていたのはあのチャルダッシュじゃなくて、哀しい曲だった。
僕は扉を静かに閉めた。
君は構わず、可憐にその曲を奏で続けた。
僕は扉の前でその音色をじっと聴いていた。

君が弾き終わった時、どれくらい此処に居たのか分からなかった。
君の音色はそれくらに僕を虜にした。
君はバイオリンをそっと下ろし、僕の方を向いた。
やっぱり気付いていたんだね。

『悲愴ソナタ

作曲はベートーベンです。』

突然、華代ちゃんが口を開いた。
久し振りに聞いた君の声。
君はバイオリンを足元に置いてあったケースに丁寧に片付け、白杖の紐を腕に掛けた。
盲目とは思えないくらい軽やかに舞台から階段で降りて、僕の方に歩いてきた。
そして僕から一定の距離を取って立ち止まった。
感覚で距離が分かるのかもしれない。

『通してくれませんか、不二先輩。』

「……僕だと分かったんだね。」

嬉しいような哀しいような、よく分からない感情が込み上げた。

「僕を避けているね?」

『……。』

沈黙は肯定だと解釈した。
僕は浅く吐息をついた。

「如何して僕を避けるんだい?」

『手術の事をもう言わないなら…避けません。』

「悪いけど、それは無理だよ。」

君は哀しそうな目をした。
でも、僕は言葉を続けた。

「手術から逃げたら駄目だよ。」

『成功率の少ない手術から逃げるなと言う方が可笑しいです。』

あの舞台で照れ臭そうに微笑んでいたとは思えなくくらいに、君は無表情だった。
胸を掻き毟るような感情に浸食されているのは、僕だけだ。

「君は自分にとっての光を間違えているよ。」

『……!』

無表情だった君はやっと目を見開き、感情の一片が見えた。
僕は自分の口が止められなかった。

「感じられる唯一の光が、本当の光じゃない。

手術で見えるようになるかもしれない事が本当の光なんだよ。

本当の希望の光なんだよ。」

必死な僕とは対照に、華代ちゃんは何時の間にか無表情になっていた。
気持ちが届かない。
僕の心は悲痛な叫びを上げているようだった。

どれくらい沈黙が流れただろう。
広い体育館で二人きりで、時間の感覚なんてなかった。
君のバイオリンを聴いている時の、あの心地良い感覚じゃない。
無意識に拳を握っていた。
ついに君が沈黙を破った時は、僕の掌に痛みがあった。

『……もう私に関わらないで下さい。』

表情のない君の頬に、そっと涙が伝った。
無表情だからといって、心がない訳じゃない。
君も心が痛かったんだね。
僕なんかじゃ、君の力にはなれないんだ。





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