涙-2
あの後、殆ど記憶がない。
気付けばコートの傍の木陰に座っていて、そのまま今に至る。
もう日が暮れつつある。
部活を無断でサボってしまった。
コートでラリーをしているレギュラーメンバーを見てみる。
レギュラーは昨日にも決まったばかりだ。
僕もレギュラーに選抜されたけど、練習初日からサボってしまった。
手塚に厳しく説教されるのは容易に予想が出来る。
レギュラーたちのラリーを黙って見ている手塚が目に入った。
すると手塚は僕の視線に気付き、此方を向いた。
嗚呼、気付かれた。
手塚はフェンスで囲まれているコートから出て、僕の元まで歩いてきた。
木に凭れて座り込んでいる僕の前に、手塚らしく堂々と立った。
これを仁王立ちと言うんだ、と余計な事を考える僕は相当可笑しいと思う。
「不二。」
「何かな?」
僕は不自然過ぎるくらい、にっこり笑った。
分かっているよ、どうせあれだよね。
グラウンド100周。
手塚は眼鏡を逆光させた。
「不二、今からグラウン――」
「ちょい待ちっ!」
誰かが手塚の台詞を遮り、僕と手塚は不意を打たれた。
手塚の後ろから歩いてきたのは、レギュラージャージを着た英二だった。
前々から僕の異変に気付いていた英二は、一体何を言うんだろうか。
英二は手塚の目を真っ直ぐ見て、はっきりと言った。
「そのグラウンド100周、俺が引き受ける。」
「…英二!?」
「…如何いうつもりだ、菊丸。」
コートの中で大石が動揺していた。
ラリーの相手の英二が途中で抜けたからだろう。
大石は英二と自分のラケットを二つ持っていた。
今やコート中にいる全員が、僕らに注目していた。
「ほいじゃ、走ってくる!」
英二は唖然とする僕にVサインをして、グラウンドに走って行った。
僕は目を見開いて、英二の背中を見つめた。
身体は座ったまま硬直し、動かなかった。
「不二、コートに戻れ。」
その言葉に我に返り、手塚を見上げた。
手塚は英二が去っていったグラウンドの方向に視線を送っている。
「菊丸の気持ちを踏みにじるな。」
手塚はそう言い残して、コートへ戻って行った。
「…英二…。」
親友の名前を呟いた。
英二、ごめん。
君は僕の為に――
英二の優しさが深く心に沁みた。
2008.8.29
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