奇襲、再び

主人たちと離れたオーダイルはラティオスを連れ、小さな洞窟までやってきた。
外の光が視界を助けてくれるギリギリまで奥へと進み、ラティオスを丁寧に下ろした。
がむしゃらに走ったオーダイルには、シルバーとの距離がどれ程なのか見当がつかない。
それでもかなり走った筈だ。

“此処まで来れば…。”

そう呟いたオーダイルは荒くなった息を整えながら、ラティオスに声を掛けた。

“大丈夫?”

ラティオスはぐったりとしながら小さく頷いた。
そして掠れた声で力なく言った。

“如何して…君たちは私を…。”

“如何してって、こんな君をほっとけないさ。”

オーダイルは洞窟の入り口を見つめながら、当然のように言った。
主人は如何しているだろうか。
マニューラたちは怪我もなく無事だろうか。

“あのトレーナーたちは…。”

“御主人たちなら大丈夫、きっともうすぐ来るよ。

そしたら手当てして貰えるから。”

“手当て…?”

“御主人はポケモン医学に詳しいんだ。”

“人間の治療など……。”

“人間が嫌い?”

ラティオスは押し黙った。
このような悲惨な目に遭ったばかりだ。
助けて貰ったとはいえ、人間の手を借りるのはやはり気が進まない。
すると、人間の脚音とポケモンの羽音が聴こえた。

“いた!

シルバー、いたよ!”

「オーダイル、無事か。」

“御主人!”

オーダイルは途端に表情を明るくした。
その表情を見れば、トレーナーであるシルバーへの信頼が簡単に窺える。
だがラティオスはシルバーと呼ばれるこの人間をまだ信用出来なかった。
シルバーの前にはクロバットが飛んでいた。
クロバットの超音波でオーダイルとラティオスの居場所を探し当てたのだろう。
ラティオスは警戒し、顔を上げて僅かに後ずさった。
だがシルバーは気にせずリュックを下ろし、中からコンパクトな救急箱を取り出した。

「……持ち歩いていてよかった。」

トキワの森で大怪我をした為、万が一を考えて入念に準備をしておいたのだ。
ラティオスの隣まで救急箱を持っていくと、その蓋を開けてスプレー式の傷薬を取り出した。
だが突然にも傷薬がサイコパワーを纏い、弾き飛ばされてしまった。
オーダイルが慌てて立ち上がり、ラティオスによって洞窟の奥へと転がってしまった傷薬を取りに行った。

「念力か。」

シルバーは目を細めてラティオスを見た。
警戒するラティオスとは対照的に、シルバーは至って冷静だ。

「大人しく治療されろ。

クロバットに催眠術を使わせてもいいんだぜ。」

“お願い。

俺はそんな事したくないんだ。”

“俺からもお願いだよ、ラティオス。”

傷薬を取って戻ってきたオーダイルもラティオスに頼んだ。
シルバーの目は真っ直ぐにラティオスを見ている。
気付けば、シルバーとラティオスの目の色は同じ赤だった。
お互いに睨むように見つめ合った後、ラティオスは観念した。
今だけ、この人間を信用しよう。
ポケモンハンターから何年も追われてきたラティオスにとって、苦渋の決断だった。
ラティオスは首を下ろし、治療の受け入れを表明した。

「それでいい。」

こうして、シルバーの治療が始まった。
シルバーはオーダイルから傷薬を受け取り、清潔なガーゼを手に取った。

「痛むが、我慢しろ。」

傷口に傷薬が吹き付けられ、ラティオスの傷はきつく沁みた。
シルバーが滲む血をガーゼで拭き取ってくれる。
その手付きは丁寧で、手慣れているのが分かった。
この青年がポケモン医学に詳しい、というオーダイルの言葉は嘘ではないらしい。

「!……何だこれは…。」

シルバーは目を見開き、手を止めた。
ラティオスの首の付け根の下に、小型の黒い機械が取り付けられていたのだ。
不気味な四角形の機械はシルバーの掌より小さく、短いアンテナがある。
その本体の薄い側面にある米粒程のボタンが、静かに赤く点滅している。
機械を支える真っ直ぐな四つ脚がラティオスの首に垂直に食い込み、非常に痛々しい。
この突き刺すように雑な取り付け方を見ると、あのバズーカ砲のような何かで無理矢理付けられたのだろう。

“俺、気付かなかった…。”

オーダイルは焦りを覚えた。
気付けなかったのはラティオスの体勢がうつ伏せだったせいもあるし、何よりラティオス自身がそれを隠していたのだ。
ラティオスは目を伏せ、悔しそうにしている。

「随分と前に付けられたようだな。」

食い込んでいる脚の部分からは出血がない。
寧ろ傷口が塞がり、機械の脚と皮膚がくっ付いてしまっている状態だ。

「GPSだろうな。」

アンテナを見れば、そう予想出来た。
赤い点滅が機械の作動を不気味に知らせている。
これが原因でラティオスは何時までも位置を特定され、追われているのだ。
シルバーはボールの中で休んでいたレアコイルをその場に繰り出した。
レアコイルは疲れを見せず、シルバーとラティオスを心配そうな目で見た。

「レアコイル、バトルの後で悪いが、お前の磁場でこの周辺の磁場を狂わせてくれ。

もう遅いかもしれないが、奴らに位置を探られるのは困る。」

レアコイルは頷くと、U字磁石から強力な磁場を発生させた。
周囲の温度が上がった気がした。
これで機械のGPS機能は狂っただろう。
左手首のポケナビの位置情報機能が一時的に使えなくなるが、今は如何でもいい。
とにかく現在地がハンターに特定されていたとしても、彼らのポケモンたちは戦闘不能だ。
それでもハンターが他にポケモンを温存している可能性が捨て切れない。
ラティオスを早く治療し、動けるまで守ってやる必要がある。
だが動けるようになったとしても、この機械はレアコイルの傍を離れると機能してしまう。
また再びラティオスは位置を特定されるだろう。

「外せるか…。」

シルバーが機械に触れようとすると、機械を纏う謎の電圧にバチッと抵抗された。
手が痺れたが、すぐに何ともなくなった。
オーダイルが心配して声を出したが、シルバーは大丈夫だと言った。
だが一方のラティオスは身体に電流が走ったらしく、一瞬だけ苦しげな表情を見せた。
それをシルバーは見逃さず、眉を寄せて言った。

「悪い、大丈夫か?」

ラティオスはシルバーと目線を合わせようとせず、寧ろ顔を背けてしまった。
人間に心配されるなど、違和感この上ない。
この謎の電圧が原因で、ラティオスは自ら機械を外せずにいたようだ。
ラティオスが無理に外そうとすれば、更に強力な電流が身体中を駆け巡るのだ。

「レアコイルなら壊せるか?」

シルバーがレアコイルの目を見て言うと、レアコイルは頷いた。
自分は電流に強く、逆に機械に自らの電流を流し込めばその機能を狂わせられる。
するとラティオスがシルバーの目をキッと見て、何かを言った。
だがシルバーにはポケモンの言葉が分からない。
オーダイルに助けを求めると、必死にジェスチャーした。
オーダイルは引っこ抜くような動作を繰り返した。

「外せ、と言いたいのか。」

オーダイルが頷き、ラティオスも続いて頷いた。
正確には外せ≠ナはなく外してくれ≠ネのだが、解釈の微妙な誤差はこの際仕方がない。

「かなり痛むだろうが、いいのか。」

“覚悟ならある。”

ラティオスが頷き、オーダイルたちは心配そうに顔を合わせた。

「分かった。

その前に、場所を移動する。」




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