奇襲、再び-2

あれから一行は細長い洞窟の奥へと移動した。
シルバーはランプを持ち歩いていなかった為、現在はレアコイルのフラッシュが温かい光を放出している。
シルバーの役に立てている、とレアコイルは実感出来た。
全体攻撃である電気タイプの技、放電は便利だ。
治療が再開されると、早速自分の出番だった。
ラティオスの首に食い込んでいる機械に微弱な電流を流して故障させた。
ラティオスにも電流が走ったが、我慢出来る程度の軽い痛みだった。
レアコイルは発していた強い磁場を消し、周囲の気温が下がった。

次はシルバーの手で機械自身をラティオスから取り外す番だ。
ラティオスは地面に横たわる状態で身体を傾け、シルバーが取り外し易い体勢を取った。
やはり人間の手を借りるとなると、すこぶる緊張する。

「まさかこれを使う日がこんなに早く来るとはな…。」

シルバーは注射器を一本準備していた。
中には透明な液体が入っている。
不安を表に出すラティオスに説明した。

「局部麻酔だ。」

“御主人、そんな物持ってたの?”

「トキワの森で痛い目にあったからな。

調合しておいた。」

驚くオーダイルの台詞を予想して返答すると、シルバーは瞬く間に集中した。
今は故障して作動しない機械のすぐ傍の皮膚に慎重に注射する。
レアコイルはフラッシュの光がシルバーの手元に当たるように気を配った。
注射器を見ただけでもゾッとしたが、今後どれ程出血してしまうのかとそわそわする。
気の弱いレアコイルの様子を見兼ねたクロバットが小声で言った。

“後ろを向いたままフラッシュしたら?”

“そ、そそ、そうする…!”

レアコイルは吃りながら、急いでその通りにした。
レアコイルが何とかやり過ごせそうなのを確認したクロバットは、超音波を駆使して周辺を探り始めた。
怪しいポケモンや人間がいれば、早急にシルバーに知らせる必要がある。

“はい、飲んで。”

オーダイルはシルバーに渡された止血剤と鎮痛剤をラティオスの口に入れた。
カプセル状のそれは喉につっかえるが、オーダイルが未開封だったミネラルウォーターを飲ませてくれた。
シルバーは麻酔が効いたのを確認すると、機械の脚を一本ずつ抜く作業に入った。
だが脚はラティオスの丈夫な皮膚にへばり付き、シルバーはメスの使用を余儀なくされた。
コンパクトな折り畳みのメスを手際良く動かし、必要最小限の仕事をさせた。
食い込んだ機械の脚が重要な血管を傷付けていないかが心配だったが、幻のポケモンの身体の作りなどシルバーでも分からない。
ラティオスの回復力を祈るだけだ。

静かに時間だけが過ぎた。
シルバーは額に僅かに滲んだ汗を手の甲で拭い、最後の脚を地面に置いた。
その傍に機械本体を置く時、重苦しい音がした。

「止血剤の効果もあるが、思ったより出血量が少ない。

早く回復出来るだろう。」

ラティオスは小さく頷いた。
麻酔が効き、痛みは全くない。
地面に転がっている機械を見て、この呪縛からやっと解放されたのだと思えた。
シルバーは包帯を取り出した。
首の下且つ胸の上という微妙な傷の位置のせいで、如何しても翼の下まで交差する大袈裟な巻き方になってしまうだろう。
包帯がなくならない程度に巻かなければ。
ガーゼの上から丁寧に巻き始めると、距離が近いラティオスと目が合った。

「…。」

“…。”

シルバーは素っ気なく逸らしてしまったが、ラティオスはシルバーを見つめ続けた。
シルバーというこの人間のポケモンたちは、主人に忠実で信頼している。
そしてクロバットは懐いていなければ進化しないポケモンだ。
この人間はポケモンハンターとは違う。
一方のオーダイルが後片付けをし、怖くて後ろを向いていたレアコイルもラティオスを見た。
嗚呼、流石は自慢の主人だ。
幻のポケモンの包帯もお手の物だ。
シルバーが立ち上がると、ラティオスはうつ伏せて楽な体勢を取った。
シルバーは地面に転がる機械を見ると、レアコイルを見た。

「レアコイル。」

“うん。”

レアコイルは身体に電気を纏い、ラティオスを長年苦しめた機械に十万ボルトを食らわせた。
小さく爆発したそれは粉々になり、跡形もなくなった。

「終わったな。」

シルバーがポケナビを見ると、昼前の十一時を回っていた。
そろそろ帰らなければ。
時間を気にしているのを見たラティオスは、ゆっくりと浮遊した。
だがオーダイルがそれを焦って止めようとした。

“まだじっとしてないと…!”

“いいや、もう大丈夫だ。”

ずっと超音波を使用していたクロバットは、怪しいポケモンも人間の姿もない事を確認していた。
今のうちに外へ出て、ラティオスを逃す方がいいかもしれない。
シルバーとクロバットが目を合わせて頷く。

「行こう。」

“御主人!”

「あいつらに居場所がばれているかもしれない。」

GPS機能を搭載していたであろう機械の存在にシルバーが気付くのは遅かった。
ハンターはその隙に此方の居場所を特定したかもしれない。
オーダイルは渋々とラティオスの片方の翼を支え、歩き出した。
一行はクロバットの道案内で洞窟の入り口へと進み始めた。
治療の為に奥へ進んだとはいえ、知れている距離だ。
五分もせずに入り口へと到着した。

「飛べるか?」

ラティオスは頷いた。
理想の速度は出ないかもしれないが、ゆっくりなら飛べそうだ。
すると突然、クロバットが翼を大きくばたつかせ、とある方向を向いた。
僅かにバイクの音が聴こえる。
ポケモンを回復させたハンターが追ってきたのだ。

「来やがったか。」

シルバーは舌打ちをすると、ラティオスに言った。

「反対側へ飛べ。

あいつらは俺たちが何とかす――っ!?」

攻撃は意外な場所からけしかけられた。
シルバーの脚元からドリュウズが穴を掘って現れ、シルバーはクロバットの頭にドンと押された事でそれを回避出来た。
ハンターは自身が到着するより先に、温存しておいたポケモンを追わせたのだ。
地面の奥深くまで潜っていた為、クロバットはドリュウズが地表から飛び出す直前まで気付かなかったのだ。
地表の人間やポケモンばかりに意識を集中させていた自分を非難する時間などない。

“まだ来る…!”

クロバットの台詞にオーダイルが神経を研ぎ澄ませた。
気配感知に敏感になっているシルバーは、その場から飛び退いて言った。

「オーダイル、殴り付けろ!」

オーダイルがシルバーのいた場所に拳を叩き付けると、シルバーを狙っていたドリュウズに命中した。
何故かオーダイルたちではなく、トレーナーのシルバーが意図的に狙われている。
二匹目のドリュウズがオーダイルの攻撃を前に地に倒れるが、更に三匹目がシルバーの脚元から飛び出した。
だが走っていたシルバーには命中せず、現れた四匹目も回避した。
三匹目がシルバーに飛び掛かろうとした時、サイコショックがその邪魔をした。

「!」

間違いなくラティオスだった。
驚異的な回復力を見せるラティオスは、まだこの場から飛び去っていないのだ。
まだ、この人たちに感謝を伝えられていない。
まだ、この場を離れたくない。
今までに湧き上がった事のない感情がラティオスの胸一杯に支配した。




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