心変わり

ベランダの縁側に腰を下ろしているシルバーは、以前に小夜がエーフィに読み聴かせていた本を読んでいた。
題名は波導の勇者アーロン≠セ。
テンポ良く読み進めていると、内容が頭にどんどん入ってくる。
主な舞台はオルドラン城。
波導使いアーロンは世界の始まりの樹において、波導を用いて戦争を食い止めたのだという。
実話なんだとか。
エーフィはこの物語が好きらしい。
脚を組みながらこの本を読んでいたシルバーの膝に上手く乗り、シルバーと一緒に文字を追い始めたのだ。
両手で本を持つシルバーの腕の間に入り、ちょこんと大人しく座っている。
シルバーはエーフィの大きな耳が文字に被って少し邪魔だった。
だが文句は言わなかった。
ポケモンたちの修行を手伝ってくれるエーフィには頭が上がらないのもあるし、エーフィが寛いでいるのが分かったからだ。
読み始めて十五分程経過した頃、エーフィの頭がかくんかくんと揺れ始めた。

「眠いのか。」

“そんな事ないもん…。”

シルバーの体温と大好きな太陽が温かくて、眠くなる。
既に他のポケモンたちは庭で日向ぼっこをしながら昼寝をしているのだ。
ついにエーフィが身体を横に倒しそうになった時、シルバーが仕方なさそうに息を吐いた。
そして片手で上手く本を持ったままエーフィのお腹に手を回し、自分の方へとぐいっと引いた。
エーフィはごろんと仰向けにされ、シルバーの腕に前脚を乗せる体勢になった。
背中に当たるシルバーの体温で更に眠くなる。
一方のシルバーはエーフィの耳が本を邪魔しなくなり、読み易くなった。

「お前の耳は無駄に大きい。」

“煩いなー…。”

エーフィの瞼がそっと閉じられた。
今年に入ってからというもの、エーフィはシルバーにくっ付くようになった。
小夜が深夜にバトルをする際、エーフィは自身の結界がダメージを受けるビリビリという音が苦手だ。
だがシルバーの腕の中に飛び込めば、耳を塞いでくれる。
小夜が行方不明になって泣いていた時も、抱き締めてくれた。
それにシルバーの手付きは主人に似ているのだ。

「小夜。」

シルバーはベランダに現れた恋人の名を呼んだ。
サトシを実家まで送った小夜が帰宅したのだ。
ただいまと言った小夜は、お腹を出して寝るエーフィを見て顔を綻ばせた。

『エーフィったら可愛い。』

「何故俺の膝の上で寝るんだろうな。

お前の膝なら分かるが…。」

『信頼してるのよ。』

小夜はシルバーの隣に腰を下ろした。

『サトシは明日旅立つって。

今日の夕方にまた此処に来てくれるよ。』

「そうか。

ゆっくり話せばいい。」

小夜はゆっくり頷き、エーフィの頭を撫でた。

『その本、どう?』

「波導の勉強になる。」

小夜は波導が使用出来る。
波導に関して、シルバーは自分の知識が浅いと考えていた。
そんな時、エーフィがこの本を小夜に読み聴かせて貰っているのを知ったのだ。

『でも能力は深夜の発散の時しか使ってないよ。』

「分かってる。」

シルバーは不安げな表情をする小夜に微笑んだ。
あっという間に嬉しそうに微笑む小夜を見ると、胸が甘く疼いた。
それを隠すかのように、エーフィに視線を落とした。
むにゃむにゃと言っているエーフィは何処か小夜に似ている。

「サトシが明日旅立つなら、シゲルもそうするかもしれないな。

もう少し話した方がいいんじゃないのか?」

『うん、サトシが来るまで話そうと思うの。』

まだトキワの森以降の話をしていないし、シゲルの話ももっと聴きたい。
トキワの森での出来事を話せば、シゲルはより一層シルバーという人間を理解してくれる筈だ。

「行ってこいよ。

あいつらのおやつなんて気にするな。」

『ありがとう。

ポフレは四階のキッチンにあるから、もし皆が欲しがったら宜しくね。』

「ああ。」

『エーフィの事も宜しくね。』

小夜はシルバーに微笑んでから立ち上がり、踵を返して玄関へと歩き始めた。
ポケナビに触れたのは、シゲルに通話して呼び出す為だろう。
シゲルは今何処にいるのだろうか。
シルバーは眩しい太陽に目を細めると、エーフィを支え直してから読書を再開した。




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