心変わり-2

―――ブイィィーン…


茜色の空の下、オーキド庭のベランダに草刈り機の音が響く。
約束通り夕方に研究所へやってきたサトシは、小夜に旅の話を沢山聴かせた。
そして現在、小夜はサトシを家まで送っている。
一方のシルバーとポケモンたちは研究所で小夜の帰宅を待っている。
するとシゲルがベランダのガラス窓を開け、縁側に腰を下ろしているシルバーの背に語り掛けた。

「小夜は?」

「まだ帰っていない。」

本に視線を落としているシルバーは振り向かないまま、そう言った。
それを気に留めないシゲルは庭を見た。
オーダイルとバクフーンが草刈り機を二台体制で使用し、芝生はどんどん綺麗に整えられていく。
更に、マニューラが雑草を鉤爪で根こそぎ引っ掻き取っている。
物凄いスピードだ。
宙に舞う雑草を必死にキャッチしているのは、ゴミ箱を背中に乗せて器用に飛ぶクロバットだ。
レアコイルがぼこぼこになった土をU字磁石で整え、ゲンガーが其処に花の苗を植えていく。
雑談しながら作業するポケモンたちを見て、シゲルが顔を綻ばせながら言った。

「君のポケモンたちは楽しそうだね。」

「バクフーンは小夜のポケモンだがな。」

「知ってるよ。」

それにしても、マニューラの勢いが止まらない。
ニャー!と威勢よく叫びながら雑草を刈っている。
すると雑草がクロバットの顔面をベシッと直撃した。

“痛あああ!!”

クロバットは思い切り翼をバタつかせ、その背中に乗っていたゴミ箱がひっくり返った。
更にその中身がレアコイルの上にドドッと落っこちた。

“わわわわわ?!”

レアコイルは球体の身体に乗っかる大量の雑草にわたわたした。
マニューラが必死で謝罪し、ゲンガーは何とかしなければと思うが、両手一杯の苗が邪魔をする。
騒ぎを聴き付けたオーダイルが慌てて草刈り機を停止させ、この状況を鎮めようと駆け出した。
すると草刈り機が芝生用スプリンクラーに偶然当たり、水飛沫が円を描くように噴き出した。

“ぎゃあああ!!”

水が苦手なバクフーンの悲鳴が響いた。
バクフーンが慌ててスプリンクラーの蛇口を回して止め、その場 にばたりと倒れ込んだ。
日々風呂場で水への耐性をつけようと努めているとはいえ、やはり炎タイプなのだ。
シルバーの目元は引き攣った。

「き…君のポケモンたちは元気だね。」

「……。」

シゲルが少し焦ったように苦笑し、シルバーは浅く溜息を吐いた。
すると、シゲルが真剣に言った。

「君と小夜は僕に何か隠しているね。」

「何だよ急に。」

平然としてみせるシルバーの背に、シゲルは腕を組んで言った。

「旅に出たい小夜が何時までもこの研究所にいるのは変だ。」

シルバーは黙った。
小夜が此処を出ないのは、予知夢を心配するオーキド博士からそうするように言われたからだ。
予知夢の事はサトシとシゲルには言わない、と小夜は断言していた。
シゲルは二人分の距離を開けてシルバーの隣に腰を下ろした。
如何してもシルバーから答えを訊きたいらしい。
シルバーは騒ぐポケモンたちを見ながら静かに言った。

「小夜は何も言わなかったんだろ。」

「…悔しいけど、そうだね。」

「なら何もない。」

シゲルは口を閉ざした。
やはり二人は何か隠しているのだろうか。
だがシルバーの言う通り、小夜は何も話してくれなかった。
シゲルは哀しげな笑みを浮かべると、独り言のように言った。

「変な事を言って悪かったね。」

小夜はシゲルの為に。
シゲルは小夜の為に。
何も訊かず、何も話さなかった。
お互いがお互いを思い遣っているのだ。

「行ってあげたら如何だい?」

シルバーのポケモンたちが半ばパニックになっているのを見兼ねたシゲルが言った。
すると、オーダイルがレアコイルに乗っかる雑草を取り除きながら、シルバーの方を向いて助けを求めた。
シルバーは仕方なく本を傍に置き、立ち上がった。
そしてシゲルを見て口角を上げた。

「変な事を考える時間があるなら、ポケモンとの時間を作るんだな。」

「!」

「次はあいつらに勝ってみせろ。」

あいつらと言われ、シゲルはシルバーのポケモンたちを見た。
シルバーに何か言い返そうとしたシゲルだが、シルバーは既に歩き出していた。
シゲルはシルバーから皮肉を投げ掛けられても、意外に平然としていた。
確かに自分は手持ちポケモンたちとの時間を早急に作る必要があると思う。
ポケモンたちと接する小夜とシルバーを見ていて思ったのだ。
二人は何時もポケモンたちをモンスターボールから出し、ふれあう時間は多い。
シゲルはケンジとの会話をふと思い出した。



「改めて訊くけど、君から見たシルバーはどんな人だい?」

「えっ、シルバー?」

掃除機を手に持つケンジに尋ねたのは、一昨日の事だった。
一階の研究室で、ケンジは気さくに笑った。

「良い人だよ。」

ケンジは以前にもシルバーを良い人だと言っていた。
それはシルバーがポケモンを鍛えているのを、シゲルとケンジの二人で傍観した時だ。
ケンジの言う良い人とはどのようなものなのだろうか。
シゲルの疑問を感じ取ったのか、ケンジは続けた。

「ポケモンの事を理解しようとするし、小夜さんの事も大事にしてる。

ポケモンバトルも強いし、博士から研究の手伝いを頼まれるくらい頭も良い。

僕は彼を尊敬しているんだ。」

小夜は大事にされている。
それを聴いて安心した自分がいた。
そしてシルバーの人間性を徐々に理解し始めた自分がいた。


―――シルバー君には小夜を守って欲しいんじゃよ。

―――どういう事なのか、二人と話せばよく分かるじゃろう。


祖父であるオーキド博士が言っていた内容も、自然と理解し始めた気がする。
此処へ帰省してから、自分は何処か変わり始めている。

シゲルがはっと現実に戻ると、シルバーがシャワーホースでクロバットとレアコイルに水を掛けてやっているのが見えた。
被害を受けなかったゲンガーは先程植えた苗にゼニガメジョウロで水を遣っている。

此処には温かい日常がある。
それでも、シゲルは気付いていた。
小夜とシルバーは重大な何かを隠している。
だが小夜が話したくないのなら無理には聴かない。
もしかすると、シルバーが言うように本当に何もないのかもしれない。
自分の気のせいかもしれないのだ。
深く考えるのは止そう。
自分には他にもするべき事がある筈だ。
シルバーのポケモンたちの声が何時の間にか楽しそうで、それがシゲルを和ませた。




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