サトシとの約束-2

小夜とサトシはマサラタウンの街中を歩いていた。
シルバーとのバトルが終了した直後、束の間の休憩後に研究所を出た。
ピカチュウはゲンガーとのバトルで傷を負ったが、研究所にあった薬で程なく回復した。
メガ進化によるパワーに及ばず、サトシは敗北した。
だが敗北のショックよりも、メガ進化を目の当たりにした感動がサトシを高揚させていた。

「凄かったなぁ、メガ進化。

小夜のボーマンダのメガ進化もまた今度見せてくれよ。」

『勿論。』

「やったぜ!」

サトシは単純に喜んだ。
小夜の頬は自然と綻んだ。
サトシの自宅前に到着すると、サトシは言った。

「小夜はずっと研究所にいたんだって?」

『うん、ハテノの森から帰ってからずっと。』

「あの時は本当に心配したんだぜ。」

ハテノの森で制限されていた能力を酷使した小夜は、その翌朝に目を覚まさなかった。
サトシはボーマンダの背に乗ってオーキド研究所へ帰っていく小夜を見送るしかできなかった。
後々オーキド博士から小夜が目を覚ましたと聴き、心から安心した。

『もう少し博士の手伝いをしたら、また旅に出るつもり。』

「そっか。」

サトシの無垢な笑顔が小夜の心を癒していく。
人間とポケモンの混血であると告白しても、サトシは小夜に対して変わりなく接している。
今までと何も変わらないのだ。

「俺は明日此処を旅立つよ。」

『うん。』

「びっくりしないの?」

『分かってたから。

サトシなら早く旅に出るって。』

その時、小夜はサトシの自宅からとある気配が出てこようとしているのを感じた。
扉から出てきたのは、箒を持ったバリヤードだった。
今日一度自宅に帰っていたサトシはバリヤードに振り向いた。
バリヤードはすかさず玄関からサトシの母親を呼んだ。

「サトシ、おかえり。

オーキド博士の処には行ってきたの?

……あら?」

『初めまして。』

サトシと気配が重なる女性は驚きの目で小夜を見た。
小夜は微笑んでお辞儀をした。
その女性はサトシと並ぶと、特に目が似ている。
茶髪を一つ結びにしていて、とても美人で若々しい。
一方、その女性は息を呑む程に美しい風貌を持つ少女に目を瞬かせた。

「まぁ…!

とっても綺麗な子ね。」

「ママ!」

サトシにママと呼ばれた女性は、小夜を見ながら感嘆の息を漏らした。
紫の瞳は透き通り、腰まである長髪は艶やかだ。
今までこのような美しい少女を見た事があっただろうか。
その凛とした少女は改めて言った。

『オーキド博士の助手をしている小夜と申します。』

「小夜ちゃんね。」

サトシの母親はその名を頭に刻み込むように頷いた。
オーキド博士とは以前から知り合いだが、このような助手がいるというのは初耳だった。
サトシはオーキド博士の言い付けを守り、母親に小夜の事を一度も明かさなかったのだ。

「サトシの母のハナコです。

サトシがお世話になります。」

『いえ、此方こそ。』

サトシは余計な事を言わないようにと口を閉じ、ただ嬉しそうに笑っていた。
自分にとって小夜は六年前からの幼馴染みで、オーキド研究所に匿って貰っていた。
そんな事は口が裂けても言えないのだ。
小夜は左手首のポケナビを見た。
ポケモンたちのおやつの時間が近い。

『私はそろそろ。

サトシ、また夕方研究所に逢いにきて。』

「勿論行くぜ。」

『ありがとう。

ピカチュウもまたね。』

ピカチュウは小夜に微笑み掛けられたのが嬉しくて、サトシの肩で愛らしく返事をした。
小夜が夕方もサトシを研究所へと誘ったのは、もう少しサトシと話したかったからだ。
予知夢の件をサトシに話すつもりはないとはいえ、他愛もない話をしたかった。
サトシがどのような旅をして、何を学んだのかを聴いてみたい。
小夜はサトシの母親に律儀に頭を下げた。
その背後にいたバリヤードにも微笑んだ。

『それでは、失礼します。』

凛とした風貌で踵を返す少女に、ハナコは再び呆然と息を吐いた。
バリヤードも箒を持ったまま硬直していた。
小夜の背中が見えなくなるまで、何も言わずに見送った。
サトシは母親とバリヤードに首を傾げた。

「ママもバリヤードも如何したの?」

「小夜ちゃんは本当に綺麗な子ね。」

サトシは嬉しそうに笑った。
その肩に乗るピカチュウは、幼馴染みを褒められて喜ぶ主人の感情を察した。
ハナコは思い出したように言った。

「きっと去年から噂になってる綺麗な子は小夜ちゃんの事なのね。」

「え?」

「たまに商店に買い物に来る美男美女がいるって聴いたの。

きっとその女の子の方なのよ。」

狭いマサラタウンでは商店の数も少なく、必然的に顔見知りが増える。
ハナコも人付き合いが多い。
偶然にも、ハナコがその美男美女を見た事は一度もなかった。
だが間違いなく小夜の事だろう。
サトシはハナコの言う美男美女が小夜とシルバーであると容易に気付いていた。
小夜はロケット団から解放され、身を隠す必要がなくなった。
研究所から外出してマサラタウン内を歩いていても、全く可笑しくないのだ。
とりあえず小夜に関してこれ以上の詮索をされたくはない。
この話題を打ち切らなければと思い、へらりと言った。

「ママ、お腹空いたなー。」

「もうお腹が空いたの?」

仕方ない子ね、と言いながらもハナコの表情は明るかった。
今朝に帰ってきたばかりの我が子とピカチュウの為に、腕を振るわなければ。
家に入る前に、小夜が帰っていった方向を一瞥した。
あの紫水晶のような瞳が忘れられなかった。



2016.3.18




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