結末

洞窟内をゆっくりとした靴音が反響する。
この洞窟は奥行きが五十m程しかなく、道が分岐している訳でもない。
地図に表示されない規模だ。
シルバーは目的のものが天井を埋め尽くしているのが見えると、ぴたりと脚を止めた。

「クロバットの案内は間違っていなかったな。」

ランプを片手に持っているシルバーの声は小さい。
その隣にはコイルが浮遊している。
シルバーは血の付着したマントで姿を隠しており、トキワの森に最初に入った時と同じ格好だ。
大量のゴルバットの群れは先程の戦闘でダメージを負い、その身体を休ませる為に翼を畳んで天井からぶら下がっていた。
距離を取ってそれを見上げているシルバーが声を発しても、群れは動きを見せない。

「命令がないと動かないんだろ。」

シルバーは父親であるサカキの極秘文書を覗き見た事がある。
それは採用検討中と表記された企画書だった。
その中身に、ポケモンを使用して他のポケモンの血液を採取し、それを分析するという企画内容が記載されていたのだ。
それによると、ポケモンは群れを操る側と操られる側に分別される。
更には人間の手によって特殊な細工が施され、計画を従順に実行するようになっている。

シルバーはゴルバットの群れが何らかの機械によって操られているという仮説は立てなかった。
精密機械に敏感な小夜が波導でも気配でも感知しなかったからだ。
つまりゴルバットの群れは何に操られているのか。
波導で探っても気付かない程に自然なもの。
それは、ポケモンだ。

「これで決着だ。」

シルバーはランプを持ったままの右手で、左手首に強く巻いていた包帯をそっと解いた。
右手で包帯とガーゼを握ったまま左腕を真横に上げ、その拳をぎゅっと握った。
ぽたぽたと落ちる血に、ゴルバットの群れが一斉に反応した。
コイルは激痛で顔が歪むシルバーを横目で心配そうに見つめている。
シルバーは冷静な声色になるよう努めて言った。

「やっぱり血に飢えているんだな。」

ゴルバットの群れは極度の血液不足に陥れられてから放たれた。
命令に一層従順にする為だ。
するとゴルバットの群れは攻撃命令を感知したのか、一斉に飛び立った。
シルバーはそれを狙っていたのか、ふっと口角を上げた。
そして重い脚で出口に向かって走り出す。
その場にはコイルが残るが、ゴルバットの群れが標的としているのはシルバーだ。

「やっぱりな…!」

ゴルバットは何よりも血を欲している。
だが鋼の身体を持つコイルには血が流れていない。
シルバーは先程の戦闘でコイルだけが狙われていないのを気付いていたのだ。
ゴルバットの群れはラッタと血を流しているコラッタを重点的に狙っていた。
血を見るとそれに吸い込まれるように飛び掛かるのだ。
シルバーは走りながら命令した。

「コイル、放電!!」

放電はコイルが最近習得したばかりの全体攻撃だ。
先程はゴルバットの群れの中でオーダイルたちが闘っていた為、使えなかった。
コイルの全身から放出された電撃はゴルバットの群れ全体に命中した。
既にかなりのダメージの蓄積があるゴルバットには決定的だ。
大量のゴルバットが次々と地面に落下するが、その内の数匹にまだ体力が残っていた。
シルバーへ向かって素早く飛ぶゴルバットにはっとしたコイルは、ゴルバットよりも先にシルバーの元へ向かう。
全員を瀕死に出来ないのはシルバーの想定内だ。
もう一度コイルに命令しようと口を開く。

「っ!?」

その時、シルバーは身体が脱力するのを感じ、地面に両手を突いた。
右手に持っていた包帯とガーゼが落下し、ランプも地面に突いたが、運良く灯は消えなかった。
左手首からは止血した筈の血が伝っている。
立ち上がろうとしても、身体が言う事を聴かない。
自分が動けなくなってしまうのは完全に想定外だ。

「くそ…っ!」

シルバーが腰のボールに手を遣った時、追い掛けてくるゴルバットに向かってコイルが十万ボルトを放った。
電撃は見事に命中したが、それを食らいながらも飛んできた一匹のゴルバットにコイルは体当たりされてしまった。
地面に叩き付けられ、その衝撃で粉塵を立てながらシルバーの目の前に倒れた。

「コイル…!」

“う…。”

地面に身体を擦りながら、コイルは身を捩った。
体当たりしたゴルバットは力尽き、地面に落下した。
すると洞窟の最も奥に潜んでいた一匹のゴルバットが翼を羽ばたかせて姿を現した。
そのゴルバットの目はシルバーとコイルを鋭く捉えている。
これが群れを操っていたゴルバットだ。
その証拠に、そのゴルバットには血液を採取し易いように細工した長い牙がない。
ピカチュウたちの隠れ家でシルバーのクロバットだけが何かを感知した理由は、このゴルバットが命令の為の特殊な音波を放っていたからだ。
その音波はズバットやゴルバットといった一部のポケモンだけが感知出来るのではないか。
更にその音波に乗った命令を実行出来るのは特殊な細工をされたポケモンだけだ、とシルバーは推測したのだ。

「はぁ、は…っ。」

俯いて浅く息をしているシルバーは右手で左手首を握り締め、激痛に耐えている。
血を流し過ぎたシルバーは意識を保つのもやっとだ。
コイルはまた涙を流した。

僕は弱虫で、泣き虫だ。
オーダイル、クロバット、マニューラ、そして僕らを救ってくれたゴースト。
皆、僕よりもずっと強い。
僕は足手纏いのまま、シルバーを助けられないまま、何も出来ないで終わるのかな。


―――俺と来い。

―――お前が感謝してくれているなら、良かった。

―――やろうぜ、修行。


過酷な環境から救い出してくれたシルバーの言葉が頭を駆け巡る。
強くなりたい。
シルバーを守る力が欲しい。

「…?!」

コイルが強く願った時、その身体が光り輝いた。
シルバーは目の前の煌々とした光に目を見開く。
コイルは光の中で忽ち姿を変えた。
それが収まった時には、先程とは違った後ろ姿があった。
ぴかぴかの身体は健在で、一つだけだった身体は三つとなった。

「進化、したのか…!」

コイルから進化を遂げたレアコイルはシルバーに振り返り、涙目ながら笑った。
ボス同然のゴルバットは瀕死となった群れの上を飛び越え、シルバーとレアコイルに向かって風を斬るように飛行した。
シルバーは力の限り叫んだ。

「行け…っ、電磁砲!!」

レアコイルは自分の身体よりも二倍はある大きさの電気玉を作り出し、無我夢中で放った。
それは見事に命中し、ゴルバットは付加効果である麻痺で地面に揺れるように落下した。
シルバーはコートのポケットに入れておいた空のモンスターボールを取り出した。
シルバーが此処へ来る直前に計画した作戦の最後の一手を、今使う時だ。
シルバーは力を振り絞り、倒れたゴルバットに向かってそれを投じた。
赤い光はゴルバットを吸収し、ボールは地面にバウンドしながら落下する。
抵抗を続けているのか、ボールは嫌がるように数秒間揺れていた。
だが中央部分のボタンの赤い光は静かに消えた。

「やったか…。」

シルバーはふらつきながらそのボールを手に取った。
すると瀕死だった一匹のゴルバットがむくりと身体を起こした。
その目は赤く染まっておらず、本来の色を取り戻していた。
群れを操っていたゴルバットをシルバーが捕獲した事で、操っていた音波が消えたのだ。
シルバーは極微量の声音で言った。

「こいつらを連れて遠くへ行け。

もうロケット団には捕まるな。」

ゴルバットはロケット団と言ったシルバーに何も言わなかった。
やはりこれらを仕組んだのはロケット団で間違いないとシルバーは確信した。

「西へ向かえばシロガネ山がある。

山の奥深くまで行けばロケット団の手も届かないだろう。」

シルバーはそのゴルバットが頷いたのを確認すると、背を向けた。
そして隣で浮遊していたポケモンに言った。

「コイル……じゃなかったな。」

シルバーは弱々しくもふっと笑った。

「レアコイル、行くぜ。」

“うん…!”

レアコイルが頷き、シルバーは覚束ない脚取りで洞窟を後にした。




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