終焉と決心-3

ピカチュウたちが案内したのは一本の巨木の根元だった。
その巨木は直径五mはある立派な幹をしており、その周辺をシルバーの身長程の木や雑草が埋め尽くしている。
オタチとオオタチが雑草を掻き分け、根を隠している小さな木の幹を左右に引っ張る。
すると巨木の根元の間に直径一mもない穴が姿を現した。
青々とした木の葉や雑草に隠れていた為、外からは全く見えなかった。

“入って。”

ピカチュウが其処を指差し、入るように催促する。
一行がしゃがみながら木の根の穴を潜ると、巨木の中が広い吹き抜けになっていた。
天井の代わりである木の葉の隙間から青い空が見える。
木の幹はこの空間の壁だったのだ。
長い歳月を費やして巨木の中を削ったのだろう。
地面には木の葉が敷き詰められており、複数の丸太が寝かせられたり立てられたりと机のように置かれている。
此処はトキワの森に住む野生のポケモンたちの隠れ家だった。
オタチ、オオタチ、そしてピカチュウの姿がある。
今帰ってきた三匹を含めて、全員で十匹が其処に身を潜めていた。
ピカチュウたちを迎えたポケモンたちは、仲間が人間を連れてきた事に驚愕した。

“ピカチュウ、その人たちは?!”

“誰?!”

“安心して、敵じゃないよ。”

黒いマントに身を包んだシルバーに警戒しているポケモンたちに、ピカチュウが説明を始める。
するとポケモンたちは納得して警戒を解き、次にオーダイルが抱えているラッタとコラッタへと視線を向けた。
オーダイルが木の葉の上に二匹をゆっくりと下ろすと、ポケモンたちは慌てて二匹に駆け寄った。
そしてコラッタの様子を見た瞬間、一斉にわっと泣き始めた。
ラッタは依然と放心状態で、何にも反応しない。
すると血を流し過ぎたシルバーがついに両膝を突き、座り込んでしまった。

“御主人!”

オーダイルがシルバーの肩を支え、木の幹の壁に凭れさせる。
左手首をきつく握るシルバーは憔悴しきっていた。

「まだ大丈夫だ…。」

シルバーはまだと言った。
痛みには慣れてきたが、身体は限界に近い。
するとぐっと涙を拭ったピカチュウが一行の傍までやってきた。
一行を率先して案内したこのピカチュウは、この隠れ家のリーダー的存在のようだ。
ピカチュウは哀しみを振り払うように言った。

“此処なら安全だよ。

外にいるとゴルバットが襲ってくるかもしれないから。”

ポケモンたちが咽び泣く声が隠れ家に木霊するが、オオタチが涙ながらに口元に指を遣り、静かにするように注意した。
この場所をゴルバットに気付かれると取り返しがつかない。
クロバットがシルバーたちの分もピカチュウに礼を言った。

“ありがとう、ピカチュウ。

コラッタは…。”

ピカチュウは涙を堪えながら首を横に振った。
マニューラがコラッタの周りに集まるポケモンたちを見ながら言った。

“ごめん、俺がもう少し早く駆け付けていれば…。”

“君が謝る事じゃない。

寧ろ、ラッタを助けてくれてありがとう。”

ピカチュウは律儀に頭を下げた。
シルバーは会話しているポケモンたちの声に耳を傾けながら目を閉じていた。
その様子をオーダイルがすぐ傍で見守っている。
出血は徐々に収まってきたように思うが、リュックから救急箱を取り出し、其処から新しいガーゼを取り出した。
ピカチュウは続ける。

“他にも仲間が酷い怪我をした。

でも死んだと聞いたのは初めてだよ。”

ピカチュウの台詞を聴いたコイルが尋ねる。

“さっき僕たちも襲われたけど、他のポケモンたちも襲われたの?”

“そうなんだ。

君たちが襲われる前にも、いきなり大量のゴルバットに襲われた。

僕らは上手く逃げたけど…。”

逃げ遅れた仲間の大勢が負傷し、他の隠れ家にいる。
これらは全て地面から密かに様子を窺っていたディグダから得た情報だ、とピカチュウは説明した。
野生のポケモンたちは複数のディグダを通して情報を交換し合っている。
シルバーが時折感じていた視線の主はディグダだったのだ。
するとシルバーが自分の斜め前に浮遊していたゴーストに言った。

「留守番をしていたんじゃなかったのか…。」

“…えっと…。”

シルバーが出発してから一時間程が経過した時、ゴーストは居ても立ってもいられなくなった。
留守番を頼むと言われていたが、急いでシルバーの元へ向かった。
もし帰れと言われたら帰ればいい。
何もなければそれでいい。
小夜は玄関先で快く送り出してくれた。

“ごめんなさい…。”

「反省しなくていい。

お陰で助かった。」

ゴーストは痛みと格闘しながら微笑むシルバーに心が痛くなった。
それでも嬉しかった。

「あいつらには相当なダメージだ。

暫くは動けないだろう。」

だが動けないのは自分も同じだとシルバーは嘲笑する。
するとクロバットが突然息を呑み、反射的にある方向を見つめた。
そして依然と左手首を握っているシルバーの元へ向かい、懸命に何かを訴える。

「何か感じるのか?」

オーダイルたちは首を傾げており、クロバット以外は誰も怪しいものを感知していないようだ。
シルバーは少し黙って何かを考えた後、救急箱にある包帯を手に取った。
それをガーゼの上から口と右手で上手く巻き付け、縛って固定した。
そしてふらつきながら立ち上がる。

「行くぞ。」

“駄目だよ!

小夜の処に帰らないと…!”

オーダイルが必死で説得を試みる。
小夜の癒しの波導なら、シルバーの傷を一瞬で完治させる事が出来る。
だがシルバーは小夜にすぐ治して貰えるからこそ、この森に限界まで残っていたかった。
息の絶えたコラッタに視線を遣ると、この事態を仕込んだ相手への怒りが込み上げる。
コラッタの兄であるラッタは暫く放心状態だったが、何の予兆もなくぽつりと言った。

“………助けて。”

「!」

ラッタはシルバーに駆け寄り、マントの裾を掴んだ。
そして泣きじゃくりながら言った。

“僕らを助けて……助けて…っ!”

シルバーはしゃがみ込み、何かを乞うようなラッタの目を見て真剣に言った。

「これ以上の犠牲は出させない。」

オーダイルは複雑そうな表情をした。
主人の身体を考えれば、休ませるのが最優先だ。
それでもシルバーが行くというのなら、自分は何処までもついていこう。
シルバーは再度立ち上がってマニューラに言った。

「俺のリュックに元気の欠片と回復の薬の入った青い巾着袋がある。

それをピカチュウに渡してやれ。」

マニューラは頷いてからリュックをごそごそと漁り、シルバーが言った通りの物を鉤爪で取り出した。
横幅が二十cmはあるそれをピカチュウに差し出す。
ピカチュウは唖然とした。

“はい、シルバーから君たちに。”

“でも君たちの分は…?!”

“俺たちは大丈夫。”

オーダイルはシルバーとコラッタの血で身体の至る処が真っ赤だが、怪我をしている訳ではない。
コイルの身体はぴかぴかしているし、前線で闘ったクロバットとマニューラもピンピンしている。
途中参戦したゴーストも此処で休憩した為、殆ど回復した。
シルバーは巾着袋を受け取ろうとしないピカチュウに穏やかに言った。

「此処を案内してくれた礼と、血で汚してしまった詫びだ。

他にも負傷したポケモンがいるんだろ。

受け取れ。」

ピカチュウは目頭が熱くなるのを感じながら、巾着袋を受け取った。
中身は重く、沢山の回復道具が入っている事を窺わせる。

“ありがとう…、トレーナーさん。”

ピカチュウは再度頭を下げた。
すると後方にいたピカチュウの仲間たちもシルバーに向かって頭を下げた。
シルバーはこんな風にポケモンたちから敬意を表されるのは初めてだった。
思わず言葉を失っていたが、肩の力を抜いて僅かに笑った。
そしてマントの裾を握ったままじっと見上げてくるラッタに視線を遣る。

「コラッタを助けられなくて悪かった。

あいつの分も、お前は生きろ。」

ラッタは小さく頷き、マントの裾を放した。
救急箱などの片付けを終えたオーダイルがシルバーのリュックを片腕で持ち上げる。
クロバットがシルバーの前に出て言った。

“案内は俺に任せて。

此処から遠くない。”

クロバットは翼でとある方向を差す。
道順に心配はないと理解したシルバーは頷いた。

「もう時間がない。

行くぜ。」

限界を超える前に、決着を付けなければならない。
あの数のゴルバットに太刀打ち出来るのだろうか。
だがシルバーの目は希望を捨ててなどいない。

「俺に考えがある。」



2015.4.12




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