重なる気配

小夜とシルバーの二人とサトシたち三人が歩みを進めていると、森の入口が見えてきた。

「あれが入口かな?」

サトシが好奇心を隠さずに言った。
前方にいる三人に気付かれないようにシルバーの手を握っている小夜は、すっと瞳を細めた。
五人の前に現れたのは、巨木で造られた森の入口だった。
まるで巨木が横に倒れてその半分が地面に沈んでしまい、其処に穴が開いて通り道を作っているかのようだった。
その穴の入口には紙垂と呼ばれる白い紙が縄に吊るされていて、何かを守っているかのように静かに佇んでいた。
神聖な気配が漂っている。

「…あいつとの距離は?」

サトシたちに聴こえないように、シルバーは小夜に小さく耳打ちをした。
小夜は首を横に振った。

『大丈夫、遠い。』

あいつ、とはあの黒マントの男の事だ。
五人が神聖な森の入口を目前にした時。
小夜が立ち止まり、その手を握っていたシルバーも必然と立ち止まった。
小夜は傍にあったツリーハウスの上方へと視線を送り、何かあるのかと疑問に思ったシルバーも其処を見上げた。

「待ちなさい。」

小夜の視線の先から、年配の女性の厳粛な声が聴こえた。
人の声が聴こえた為、二人は繋いでいた手をそっと放した。
サトシたち三人も足を止め、声のした方へと視線を送った。
入口の傍にあったツリーハウスの上方には、一人の老人が立っていた。
淡い緑色の髪を白い巾着で纏めている女性で、赤の民族衣装を身に纏っていた。
ホーホーの顔が描かれている杖を手に持ち、木製のフェンス越しに五人を見降ろしている。

「見かけん顔だが、森へ行くのかね。」

「あ、はい!」

近寄りがたいオーラを放つその老人に、サトシが若干気圧されながら返事をした。
老人と髪型のよく似た若い女性が、五人の背後から姿を現した。
青のジーンズにピンクのタンクトップを纏ったラフな女性だった。
民族衣装を纏う老人とは対照的だ。

「おばあちゃんの話を聴いてあげて。」

「もーちろんですとも!」

綺麗な女性に弱いタケシは、俊敏な動きでその女性に近寄った。
女性はその勢いに冷や汗を掻いた。

「自分は世界一のポケモンブリーダーを目指しているタケシです!

是非、お名前を…!」

「私はミク。

おばあちゃんはね、この森の入口をずっと守って暮らしてるの。」

おばあちゃんと呼ばれた老人は、ミクに何も声を掛けずに言った。

「森の声が聴こえたら、その時は絶対にその場を動いてはならん。」

「森の声?」

カスミが小首を傾げた。
小夜は瞳を細めた。
この老人の様子を見ていると、あの男がこの森に侵入している事には気付いていないようだ。
ミクはカスミに答えた。

「村の言い伝えよ。」

サトシたちに有無を言わさないまま、老人は更に続けた。

「森に迷いたくなければ、言い伝えを守りなさい。」

「分かりました!

それじゃあ、先を急ぐんで!」

サトシは元気良くそう答えると、ピカチュウへと視線を落とした。

「行くぞ、ピカチュウ。」

ピカチュウは一声鳴いてサトシに応えると、サトシと共に入口へと走って行った。
タケシはというとミクの手をぎゅっと握り、アプローチを再開した。

「ミクさん、後程お食事など御一緒に!」

「はーいはい急ぎましょうねー。」

タケシはやはりカスミに耳を引っ張られてしまい、入口へと引き摺られていった。
小夜は村の住人である二人に頭を下げてから、シルバーの腕に手を掛けて軽く引いた。
サトシたちの後を追い、木で造られた大きな入口へと進み始めた。
入口に入ると、中は真っ暗だった。
トンネルのような其処を、二人は肩の触れ合いそうな距離でゆっくりと歩いた。

「結局、森の声の正体は教えてくれなかったな。」

暗闇で小夜の表情が見えない中、シルバーは不満げに呟いた。
小夜は一旦瞳を伏せ、前を向いた。

『もうすぐ、聴こえる。』

「…!」

シルバーは小夜の台詞に目を見開いた。

「もうすぐ…?」

『そんな気がするの。』

小夜の透き通った声は其処に静かに反響し、消えていった。
入口を抜けた場所にはサトシたち三人が小夜とシルバーを待っている。

「二人共ーっ!

早く来いよ!」

サトシが手を大きく振っている。
その無邪気な笑顔を見た小夜は、囁くように言葉を溢した。

『絶対に守ってみせる。』

脳裏に浮かぶ銀髪の彼の後ろ姿。
あの時は能力が制限されていなかったにも関わらず、彼を守れなかった。
何の為に能力が備わっているのか。
心の中で自分を何度も強く非難した。

「一人で背負い込むなよ。」

『!』

今度は小夜が瞳を見開き、前方からの光に僅かに照らされているシルバーの顔を見上げた。
見つめてくるシルバーの表情は真剣で、その目は心配の色を浮かべている。
小夜は胸が温かくなり、頬を緩めた。

『ありがとう、シルバー。』

「別に。」

シルバーは照れ隠しにふいっと顔を背けると、小夜の頭をくしゃりと撫でた。




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