ハテノの森-3
村まで連れてきてくれたホワイトと別れて以来、サトシは空を見上げてばかりいた。
「小夜、まだかなぁ。」
森の入口まで向かいながら、サトシは呟いた。
その肩に乗るピカチュウまでもが小夜の姿を探してきょろきょろしている。
だが空には小夜らしき姿は見えない。
「小夜に逢ったら、お礼を言わないとな。
な、ピカチュウ。」
ピュアーズロックから生きて帰ってこられたのは、小夜のお陰だと断言してもいい。
ロケット団によって牢屋に閉じ込められたサトシたちは、小夜の能力によって解放された。
あの時、ミュウツーの手によって小夜は意識を飛ばされてしまった。
サトシが小夜に感謝の気持ちを伝える時間はなかった。
「小夜さん…早くお逢いしたいなぁ!」
タケシは頬を染めながら小夜を心待ちにしている。
一方のカスミは二人の様子に大きな溜息を吐いた。
その腕に抱かれているトゲピーは、何故カスミが溜息をついているのか分からずに首を傾げた。
その時、三人を照らす太陽光が何かによって遮られた。
「何だ?」
サトシはピカチュウに送っていた視線を空へと戻した。
逆光でその姿は見え難いが、大きなポケモンが太陽光を遮断し、三人に影を落としている。
「青いポケモン?」
タケシは目を凝らし、細い目を更に細くしてそう呟いた。
するとポケモンの背から誰かが顔を出し、其処から飛んだ。
何かがサトシに向かって高速で降ってくる。
「え、え、え…?!」
サトシは狼狽し、驚いたピカチュウは反射的にサトシの肩から降りた。
降ってきた何かはサトシに衝突した、というより抱き着いた。
「うわあっ!」
サトシは咄嗟にその背に腕を回し、降ってきた身体を抱き留めた。
カスミとタケシには靡く紫の艶髪が目に入り、以前も見た事のある可憐な少女の登場に驚いた。
「小夜さん!!」
タケシはピュアーズロックで出逢って以来の小夜の姿に、目をハートにした。
何mもの上空から高速で降ってきたにも関わらず、サトシが抱き留めた衝撃はふわりとしていた。
「ほんとに小夜だ!」
『久し振り!』
サトシは顔を赤らめる事もなく、自分より身長の高い小夜をぎゅっと抱き締めた。
小夜はサトシの首元にしっかりと腕を回していたが、それをするりと解いて面白可笑しく言った。
『もう、そんな怖い気配を発しないでよ。』
サトシはその台詞の意味が最初は理解出来なかったが、小夜の肩越しに見えた人物の表情で納得した。
小夜の背後に、太陽光を遮断したポケモン、ボーマンダが赤い大きな翼を羽ばたかせながら着地した。
そしてその背には思い切り怪訝な表情を浮かべるシルバーが乗っていたのだ。
「あ、シルバーさん!」
サトシにさん付けで呼ばれ、シルバーは更に顔を顰めた。
ボーマンダの背から降りて苛立ち気味に小夜に近寄ると、その腕を掴んで自分に引き寄せた。
サトシより身長の高い小夜は、更に自分より身長の高いシルバーを見上げた。
「呼び捨てにしろ。
シルバーでいい。」
シルバーはサトシにそう言うと、小夜を不機嫌全開で睨み付けた。
「お前、俺が怒るのを分かってやっただろ。」
ボーマンダがサトシの頭上まで飛行した途端、小夜はシルバーに何も言わずにその背から飛び降りた。
『再会の抱擁は駄目なの?』
「駄目だ。」
『如何して?』
「如何してって…。」
シルバーが口籠った時、タケシが電光石火のように素早く小夜の前に現れた。
更に片膝をつき、小夜の手を取った。
「小夜さん……またお逢い出来て光栄です。
やはり貴女は今まで見たどんな女性よりも美し――いたたたた!」
「はいはーい、あんたは黙ってましょうねー。」
むっとしたシルバーがタケシを引き剥がすまでもなく、カスミがタケシの耳を掴んで小夜から離した。
そしてカスミは小夜とシルバーの前に立つと、小夜に手を差し出した。
「改めまして、あたしカスミです。
この前は碌に挨拶出来なかったから…。」
小夜は一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑んでカスミの手を握った。
『ありがとう。
私は小夜。
サトシの幼馴染みなの。』
畏まるカスミを見て、小夜の背後にいたサトシが顔を出した。
「何だよカスミ。
敬語なんて使っちゃってさ。」
「だって小夜さんは何処から見ても年上のお姉さんでしょ!」
小夜がサトシの幼馴染みであっても、カスミからすればタメ口など失礼極まりないのだ。
サトシは目を瞬かせながら言った。
「何言ってるんだよ。
小夜は俺とカスミと同じ年なんだぜ。」
カスミとタケシ、そしてピカチュウまでもがその台詞に目を丸くした。
サトシとカスミは十歳だ。
小夜は大人っぽい雰囲気を纏っているのに、まさかサトシと同い年とは。
「じゃあもしかして?!」
更に妄想を膨らませたカスミに視線を送られ、シルバーは眉を寄せた。
「俺は十五だ。」
するとカスミの背後で、タケシが引っ張られて痛む片耳を押さえながら言った。
「偶然だな、俺も十五だ。
宜しくな。」
「……ああ。」
近寄ってきたタケシに手を差し出され、小夜の隣にいたシルバーはその手を握った。
「君とは恋のライバルだな!」
「は?」
呆気に取られるシルバーの横で、小夜はカスミに言った。
『小夜でいいよ。』
「じゃあ、小夜。
宜しくね。」
『うん。』
小夜の綺麗で愛らしい微笑みに、カスミは同性であるにも関わらず頬を染めた。
先程まで感じていた胸のもやもやは何時の間にか消えていた。
あれはほんの小さな嫉妬だったのだ。
「小夜はスイクンを探しに来たんだよね?」
サトシが小夜にそう話し掛けた。
小夜は近寄ってきたボーマンダの首を撫でてやっている。
『そうよ。』
「じゃあ早く森へ入ろうぜ!」
小夜は頷き、長時間飛行したボーマンダに礼を言ってからボールに戻した。
そして、一行は森の入り口へと歩を進め始めた。
サトシたち三人が並んで前を進み、小夜とシルバーがすぐ後ろを進む。
シルバーは小夜の表情に陰りがある事に気付いた。
「小夜。」
小夜はシルバーの顔を見上げ、少し不安そうに微笑んだ。
そしてサトシ達に気付かれないように、そっとシルバーの手を握った。
2013.6.1
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