今という未来

敷きっぱなしの敷布団の上で、シャワー上がりのシルバーは赤髪をバスタオルで拭いていた。
肉体労働で疲れ切ったシルバーは、汗を洗い流す為にシャワーを浴びた。
小夜に汗臭いと思われたくないし、小夜がこの部屋に戻ってくる前にシャワー室へそそくさと向かったのだった。
昨夜乱心してぼさぼさに掻いたこの赤髪を、小夜が手櫛で整えてくれたのをふと思い出した。


―――もう、馬鹿ね。

―――馬鹿はお前だ。


自分たちの会話には馬鹿という言葉が数多く使われている。
シルバーには小夜より自分が馬鹿ではないという根拠のない自信があった。

机がないこの部屋は、床を殆ど敷布団が占めている。
荷物を置いているのも敷布団の上になってしまう。
シルバーはポケモンセンターで洗濯する服を丁寧に纏めてリュックに入れると、外から嵐の音がしない事に気付いた。
窓を開けてからシャッターを引き上げると、閑静な住宅街と雲に覆われた空が目に入った。
シャワーを浴びる直前まで降っていた豪雨は止み、雷鳴も聴こえない。
台風のような荒天候はやっと去ったようだ。

徐々に雲が晴れていくのを見ながら、シルバーの脳裏に小夜のふわりとした笑顔が浮かんだ。
あの笑顔を長らく見ていない。
この空のように、小夜の心から嵐が去って晴れる日は何時来るのだろうか。
その小夜とは此処数日で急接近している。


―――誰が何時好きじゃないって言ったの?


この台詞は、小夜が僅かでもシルバーを好きでいてくれているという意味を含んでいると期待していもいいのだろうか。
シルバーは考えてばかりだった。
昨夜、唇を重ねようとしたあの時。
小夜は瞳を閉じ、拒否するどころか受け入れようとした。
午前中にあの部屋で抱き合った時も、ドキドキすると言っていた。
ひょっとしたら小夜は此方を好きでいてくれているのかもしれない。
淡い期待がシルバーの胸に込み上げる。

シルバーは敷布団の上に腰掛けながら、壁に凭れて外を見つめていたが、無造作に置いてある四つのモンスターボールに視線を送った。
その内の一つを手に取り、すぐ傍に放った。
シルバーの足元に現れたのはアリゲイツだった。

“如何した御主人?”

アリゲイツは訳もなくボールから出された事に少なからず驚いていた。
この部屋には主人と自分以外に誰もいない。
主人であるシルバーはアリゲイツを見る事なく、外をじっと見つめている。
ボールから自分だけを出したのは何らかの意図がある。
そう解釈したアリゲイツは、無表情なシルバーの顔をじっと見つめていた。

「なあ、アリゲイツ。」

シルバーが手持ちポケモンに対してこんな風に呼び掛けるのは初めてだった。
真っ直ぐに見つめてくるアリゲイツと、シルバーは視線を合わせた。

「いや、何でもない。」

再度外へと視線を送ってしまったシルバーに、アリゲイツは首を傾げた。
普段はつんつんしている主人がナーバスになっている。
アリゲイツはシルバーの片膝を揺すり、言いたい事があるのなら言って欲しいと催促した。
だがアリゲイツにはシルバーが何の話をしようとしているのか、大体予想出来ていた。
アリゲイツはワニノコだった頃に、このウツギ研究所からシルバーによって盗まれたポケモンだ。
きっとその件について何か言おうとしているのだ。
膝を揺するアリゲイツに、シルバーは手を伸ばした。
アリゲイツがワニノコだったあの頃なら、殴られると怯えてビクッと目を閉じていただろう。
だが今のアリゲイツは怯える様子もなく、シルバーに信頼の目を向けている。
シルバーは無表情のままでアリゲイツの頭に手を置き、優しく撫でてやった。
ポケモンを撫でるのも、これが初めてだった。

「お前は俺といて楽しいか?」

シルバーの優しい手つきに、アリゲイツは目を潤ませながら複数回頷いた。
その様子を見たシルバーは緩く微笑んだ。

「そうか。」

アリゲイツには小夜の記憶削除が実行されていて、一定期間の小夜に関する記憶が消えている。
小夜と共に行動しているシルバーの記憶も、一部分だけが消えている。
繋がりの洞窟でズバットからシルバーを守った事や、氷の抜け道で小夜に口付けようとしていたシルバーの腰に噛み付いた事も覚えていない。
だが研究所から盗み出されてワカバタウンを出発し、小夜と出逢うまでにシルバーから受けた暴力は記憶に残っている。

「……ごめんな。」

アリゲイツがシルバーの温かい手の心地良さに目を閉じていると、謝罪の言葉が降ってきた。
何故謝られているのか分からないアリゲイツは、またしても首を傾げた。
シルバーの膝を揺すって説明を求めたアリゲイツだが、シルバーはただ微笑むだけで、何も答えなかった。
シルバーはアリゲイツの頭を撫でながら、空に姿を現し始めた星を見上げた。

もし俺が小夜のようにポケモンと話せたのなら。
俺はこいつと何を話したんだろうな。





page 1/3

[ backtop ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -