時渡り-3

午前中に部屋が片付いた後、二人はウツギ博士から昼食を用意して貰った。
それをありがたく頂いた後、部屋を散乱させてしまった礼にと、ウツギ博士の手伝いを始めた。
シルバーは数少ない研究員と共に部屋の掃除をした。
小夜はウツギ博士が執筆を進めている論文に関して、ウツギ博士と討論した。
長時間に渡ってその討論は続いた為、シルバーは借りている部屋へと先に戻った。

小夜は討論が終了した直後、片付けたあの部屋を一人で訪ねた。
本棚を眺めながら、ウツギ博士が言った台詞を思い出す。


―――よかったら興味がある本を持って帰ってもいいよ。


小夜にこの部屋をめちゃくちゃにされたウツギ博士だが、命を救われたり論文に関して議論したりと、小夜に対して感謝も大きかった。
小夜は古惚けた分厚い本を一冊取り出してはぱらぱらと捲る作業を繰り返した。
本の文字を高速で脳内にインプットさせる一方で、小夜には気掛かりな事があった。
シルバーのポケモン泥棒の件だ。
シルバーがウツギ研究所でワニノコだったアリゲイツを盗んだ事は、小夜には分かっている。
シルバーから直接説明された訳ではないが、小夜は分かっているのだ。
予想していたのもあったが、一番の理由はアリゲイツから直接訊いた為だった。
このウツギ研究所を訪れてから、シルバーはアリゲイツに関して何か感じてくれているだろうか。

『ん?』

物と目が合うとはこういう事だ。
何の違和感もなく自然と目に入ったのは、本棚に息を潜めるように納められていた本だった。
表紙が深緑色で、今まで見てきた分厚い本とは対照的にとても薄い。
目先にあったその本から視線を外さず、手に持っていた分厚い本を元の場所へと片付けた。

『…何だろう。』

小声で呟いた小夜は目が合った本へと手を伸ばすと、壊れ物を扱うかのようにそっと取り出した。
深緑色の表紙をしたその本は劣化が進み、表紙に何が書いてあるのかを読み取る事が出来なかった。
部屋の片隅にある作業用デスクの上にそれを置き、表紙だけを開いて最初から目を通そうとした。
文字がずらりと並んでいるようだが、古惚けたページは黄ばんでいて、ぼやけて読み取れない。
仕方なくそのページを捲って次へと進めるが、次のページもそのまた次も読み取れそうになかった。
何度もページを捲り、如何にか読み取れる箇所がないかと探してみる。

『あ。』

捲っている過程で、とあるページが取れてしまい、フローリングの床に落下した。
慌てた小夜はそれを拾い上げて眺めた。
一匹のポケモンの小さな絵が、ページの大半を埋め尽くす文字に追い込まれるようにしてページの右上に存在した。
毛筆で黒のみによって描かれたその絵は、遥か昔の絵巻のようだった。
雫の形をした頭には二つの触角、楕円の大きな目、小さな身体の背には丸い羽根。
小夜は六年以上前にバショウと共に読んだポケモン図鑑を思い出した。

『……セレビィ。』


―――セレビィは森に命を与え、時渡りという能力で時を超える伝説のポケモンです。


バショウがそう説明していたのを鮮明に覚えている。
小夜は金縛りにあったかのように身体が動かなくなった。

時渡り

過去未来へ自由に行き来するという、時を超える能力。
誰もが憧れるであろうその能力の存在に、小夜は期待と共に悲哀が胸に込み上げた。
僅かに原型を留めている文字を瞳が追い始める。

――――
森の守り神であるセレビィが出現するのは、ハテノの森とウバメの森の二つの森が有力であると言われている。
――――

まるで小夜に目を通してくれと言うように、その部分だけが文字として残っていた。
ウバメの森はヒワダタウンの北西に位置する森で、森の守り神を祀っているという祠が存在する。
ハテノの森というのはジョウト地方の外れにある広大な森であり、タウンマップにも載っていないような場所だ。
何方の森も、ボーマンダの背に乗れば此処から半日以内で到着するだろう。
其処へ行けば、セレビィがいるかもしれない。
つまり、過去へ行く方法を持つポケモンが其処にいるかもしれない。
その低過ぎる可能性に、小夜は身震いした。

やだ…私何考えてるんだろう。

そのページを騒々しく元の本に挟み込むと、表紙を閉じて早々と棚へ戻そうとした。
だが表紙が棚の本と本に挟まれて半分見えなくなる処で、手が止まった。

『…。』

小夜は唇を噛み、心の中で葛藤した。
手を止めて暫く、片付けようとしていたその本を再度取り出した。
破れてしまったページだけを抜き取り、本棚に戻した。



2013.3.23




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