告白
シルバーは息苦しさも忘れて身体が硬直した。
目と鼻の先には小夜の整った顔があり、小夜に唇を塞がれている。
小夜は塞いだ唇から空気を送り込むと、シルバーの頭に回していた腕を解き、すぐに唇を離した――つもりだった。
一瞬離れた唇はシルバーが小夜の後頭部に手を回して引き寄せた事で、再度重ねられた。
『?!』
シルバーは水中で小夜の肩を抱き寄せた。
重ねられた唇に小夜は抵抗せず、且つ応えもしない。
抵抗しろよ、突き飛ばせよ。
何故そうしない?
シルバーが薄らと目を開くと、水で視界が霞んだ中で小夜が瞳を閉じているのが見えた。
如何にでもなれ、と思ったシルバーは角度を変えて夢中で口付けた。
小夜の唇の感触を堪能していたシルバーだが、小夜がシルバーの肩の服を掴んでごぼっと空気を吐き出した。
「!!」
酸素をシルバーに送り込んだ為に、次は小夜が酸欠になっていたのだ。
シルバーは咄嗟に両足で水を蹴ると、二人の頭が水中から飛び出した。
『っぷは…!』
小夜は思い切り空気を吸い込み、肩で荒く呼吸をした。
水中で何が起きたのか終始覗っていたアリゲイツは、水面に顔を出して真っ赤になっていた。
伸びていたバクフーンとその隣にいるボーマンダは目を丸くした。
シルバーはまだ小夜の頭と肩に腕を回したままだし、小夜はシルバーの肩を掴んでいる。
二人はお互いの額を合わせて肩で息をしていて、いかにも口付けていました、という体勢だった。
シルバーは囁くように言った。
「悪い、我慢出来なかった…。」
酸素を充分に取り入れた小夜が、至近距離にある顔をシルバーから少しだけ離した。
シルバーの前髪が湯によって額にひたりと張り付いていて、目にかかっている。
小夜は手を伸ばし、普段の分け目通りにその前髪を丁寧に左右に分けた。
「お前、顔が真っ赤だぜ。」
次はシルバーが小夜の前髪を掻き上げた。
小夜の頬がシルバーの前で此処まで真っ赤だった事は、未だ嘗て一度もない。
『お湯のせい…だから。』
「本当か?」
髪から湯が滴るシルバーはふっと微笑んだ。
シルバーと視線の高さが同じ小夜は心臓が高鳴るのを感じ、数日前と同じようにシルバーの頬に手を伸ばした。
あの時と違うのは二人の距離だ。
此処まで至近距離ではなかった。
小夜はシルバーの目を見つめた。
私、シルバーにドキドキしてる…?
「小夜?」
シルバーは湯で濡れた小夜の頭を撫でた。
『…シルバー、髪ぺったんこ。』
「お前もだろ。」
本当にこの人はシルバーなのかと思う程に、シルバーは優しく微笑んだ。
小夜が釣られて微笑む一方で、シルバーはこの状況に当惑していた。
この状況は何だろうか。
この甘い雰囲気は何だろうか。
微笑むのを止めた小夜が瞳を細めると、シルバーの頬を撫でていた腕を引こうとした。
だがシルバーがその手を取り、自分の胸の前で握った。
小夜は切なげな表情で瞳を揺らしながら、真っ直ぐに見つめてくるシルバーと視線を絡め合った。
『シルバー…。』
「そんな顔をするな。」
シルバーは小夜の頬に唇を落とした。
すると小夜の背後から、小夜が聴き慣れたエスパーポケモンの「ふぎゃ!」という声がした。
『…あ。』
小夜が振り返ると、ランプを咥えているエーフィが唖然としながら、念力で二枚のバスタオルを頭上に浮かべていた。
『エーフィ…いなかったのね。』
エーフィが唖然とする隣には、ボーマンダとバクフーンも顔を真っ赤にして身体が硬直している。
アリゲイツはバクフーンの前で湯に浮かんだままぽかんとしている。
“何をしてたの…?”
エーフィが何とか口を動かしてそう言うと、二人は顔を火照らせた。
『えっと、うん、後で説明するから。』
説明するのかよ、と突っ込みたかったシルバーだが、小夜とエーフィは同性であり最も仲が良い友だ。
小夜は悩み事などを全てエーフィに話しているに違いない。
「上がるか…逆上せるぜ。」
『うん。』
「小夜、話がある。
ちょっと来い。」
『…!』
シルバーは湯から上がると、手持ちポケモンたちをその場に放った。
アリゲイツに加えて、ニドリーノ、ゴルバット、ニューラが現れた。
「お前らは遊んでおけ。」
小夜はスニーカーを履くと、エーフィが念力で浮かせていたバスタオルを手に取った。
『エーフィ、ありがとう。
取りに行ってくれたのね。』
バスタオルを肩に掛ける小夜はエーフィの頭を撫でた。
こんな時でも主人の手は優しくて気持ち良い。
エーフィは場に相応しくない事を思った。
シルバーはエーフィが咥えているランプを引っ手繰ると、小夜の手を取って引いた。
「行くぞ。」
『皆待っててね。』
小夜は困ったように微笑みながら、エーフィたちに手を振った。
森の中に姿を消してしまった主人とシルバーを見送ったエーフィは、未だに口を開けて唖然としているアリゲイツに何があったのかを即座に問い質した。
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