幼馴染みとの通話

オーキド研究所の食事室。
研究員用の食事室には他にも人がいる為、小夜とシルバーの二人はオーキド博士だけが普段入室するこの部屋を使わせて貰っていた。
オーキド博士から朝ごはんに食パンと牛乳を用意して貰った二人は、この部屋で二人きりだった。
食パンにバターをたっぷり塗る小夜の隣で、シルバーは眠気を振り払おうと必死だった。
早朝からネンドールの件で覚醒し、今頃眠気が襲ってきたのだ。

「眠い…。」

『食べ終わったら少し寝る?』

「そうする。」

美味しそうにパンを頬張る小夜は、華奢な外見とは裏腹によく食べる。
その少女は昨日の晩にカレーを作り、シルバーはそれを美味しく頂いた。

「お前、料理出来たんだな。」

『言われたらポケモンフードだって作るよ。』

「何でもやって貰っていたお嬢様のイメージがあった。」

『そんな事ないんだから。

此処にいた頃、料理は日課だったよ。』

小夜は最後の一切れを食べ終わり、手に付いているパンの粉を掃った。
不意に廊下からばたばたと騒々しい足音がしたかと思うと部屋の扉が開き、オーキド博士が顔を出した。

「食事中悪いが小夜、シゲルからテレビ電話じゃ。」

『シゲルから?!』

小夜はガタンと椅子から立ち上がり、コップに入っていた牛乳が危なっかしく揺れた。
シゲルという名を聴いた瞬間、シルバーは嫌な予感がした。
残りの食パンを口に詰め込んで牛乳を流し込むと、小夜に続いて立ち上がった。

「俺も行く。」

『うん、いいよ。』

二人はオーキド博士の後に着いていき、資料や本でごった返している筈の部屋へと案内された。
だが、部屋は綺麗に整理整頓されていた。

『あれ、部屋が綺麗。』

「今助手を雇っておって、彼が掃除してくれとるんじゃ。」

どんな助手なのか、小夜とシルバーは気になった。
オーキド博士はデスクトップのパソコンを覗き込んだ。

「シゲル、小夜が来たぞ。」

小夜がパソコンを覗き込むと、大画面に映ったシゲルが迎えてくれた。

《小夜!

本当に小夜なんだね!》

『わあ、シゲル!

久し振りね!』

シルバーはカメラに映らないように、小夜の横から画面を覗いた。
茶髪で端整な顔付きの少年が、ポケモンセンターのフロントを背景に映っている。
小夜はパソコンの前の椅子に腰掛けた。

《小夜、もう大丈夫なのかい?

本当にずっと心配していたんだ!

狙われていたというのは解決したのかい?!

もう自由に行動出来るのかい?!》

シゲルが画面に顔を寄せた為、小夜が見る大画面にシゲルがドアップで映った。
それに驚いた小夜は苦笑しながら身を後方に引いた。

『あはは、落ち着いてシゲル。

もう大丈夫だから。』

あれ程心配した小夜が今、目の前で通話している!
この整った顔が僕を見つめている!
そう思うだけでシゲルの心は高揚した。

《なら僕から一つ提案がある。

君もポケナビを持つといい。

おじい様に頼んでおいたから。》

『ポケナビ?』

《ポケナビの番号を登録している人と遠隔で通話が出来るんだ。

トレーナーカードのIDを登録すれば誰でも使えるよ。

タウンマップも表示されるしね。》

『そんな便利なものがあるのね。』

シルバーは小夜の隣で、じと目でシゲルを見つめていた。
この通話を聴いているだけで、シゲルも小夜に恋心を持っていると瞬時に理解した。
シルバーにはライバルが多そうだ。

《僕は今ジョウトにいるんだけど、君はこれから如何するんだい?》

『旅に出るよ。

色々な世界をこの目で見たいの。』

《そうか、いい事だよ。

まだ先の話だけど、僕はジョウトリーグに出場するから、是非見に来て欲しいな。》

『勿論。』

シゲルが出場するならきっとサトシも出場するだろう。
小夜は幼馴染み二人の応援をしたかった。

『ねぇシルバー、いいでしょう?

リーグ観に行きたい!』

不意を突かれたシルバーは身体が硬直した。
ひっそりと隠れて聴いていようと思っていたのに、通話中に話し掛けられてしまったのだ。
オーキド博士はというと、二人の背後でにこやかに経緯を見守っている。

《ん?

おじい様以外にも誰かいるのかい?》

『うん。』

肯定するな!と内心叫んだシルバーは小夜に腕を掴まれ、画面の前に引っ張り出されてしまった。
そんなシルバーの焦燥を露知らず、小夜は微笑みながらシルバーに説明した。

『シゲルはオーキド博士の孫で、私の幼馴染みなの。』

「あ、ああ、そうかよ。」

『シゲル、彼はシルバー。

一緒に旅をしてるの。』

シルバーが冷や汗を掻きながら苦笑いをシゲルに向ける一方で、シゲルは十万ボルトを受けたようなショックが全身を駆け巡った。
想いを寄せる小夜が自分以外の男と旅をしている。
しかも顔面偏差値の高いイケメンで、小夜に腕を組まれているではないか。

《き、君は一人で旅をしていたんじゃなかったのかい?》

『ううん、シルバーと一緒だった。

次に旅立つ時も一緒なの。』

鈍感を炸裂させる小夜に、シゲルの恋心を案じたシルバーとオーキド博士は唖然とした。
一方の小夜はにこにこしている。

《そ、そうかい…。》

青い顔をして項垂れるシゲルを憂慮したシルバーは、小夜が掴んでくる腕を解いた。

「勘違いするな。

そういう関係じゃない。」

シルバーも小夜の鈍感に幾度も当惑してきた一人だ。
シゲルの気持ちは痛い程に分かる。

《え、君は…えっと、小夜のあれじゃないのかい?》

「いや、違う。」

『シルバー、あれって何?』

「さぁ、何だろうな。」

上目遣いで見上げてくる小夜に、赤面したシルバーは目を逸らした。




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