鈴の波導-3

重力に逆らって浮遊するネンドールは、低い鐘のような音を口から出した。

“主人の愛した人間よ、感謝する。

私もこうやって主人を救いたかった。”

初めて出逢った時から寡黙を貫き通していたネンドールが口を開いた事に、エーフィやシルバーは驚きを隠せなかった。

「小夜、通訳してくれ。」

『感謝する。

私も主人を救いたかった、って。』

主人の愛した人間、の部分を敢えて省いた小夜をエーフィは一瞥した。
実際に小夜は人間ではないし、バショウが愛したという表現をシルバーの前で使うのは如何かと小夜自身が思ったのだ。

『バショウと貴方はあの飛行船の中で毒を撒かれたのね。』

ネンドールは大きな身体ごとゆっくりと頷き、再度音を発した。
小夜はシルバーの為に通訳した。

『バショウの手でモンスターボールに戻されたネンドールは、金属の容器の中に入れられて爆発の影響を逃れた。

それからネンドールの入れられたその容器はロケット団の一人によって飛行船の瓦礫の中から発掘されて、モンスターボールから放たれた瞬間私にテレポートした。』

彼はネンドールを爆発に巻き込みたくなかった。
敢えて金属の丈夫な容器にネンドールのボールを収めたのだ。

『ネンドールは毒で私の元へ上手くテレポートが出来なくて、マサラタウンの外れにテレポートしてしまったのね。

その気配を感じ取った私が助けに行って、ボーマンダが気配を察して飛んできてくれた。』

小夜がボーマンダに微笑むと、ボーマンダは照れ臭そうに尾を振った。
そんなボーマンダとは対照的に、シルバーはお得意の睨みつける攻撃を小夜に向けた。

「お前、出掛ける時は俺に一声掛けろ。」

『だって咄嗟に行動したんだもの。

仕方ないでしょう。』

「チッ。」

シルバーは不貞腐れて舌打ちをした。
小夜は機嫌を損ねたシルバーを気にせず、ボーマンダに尋ねた。

『私のテレパシーは聴こえた?』

ボーマンダは首を横に振り、残念そうに言った。

“ただ何かを察知しただけで、小夜の声が聴こえた訳ではなかったよ。”

やはり小夜の能力はかなり制限されているようだ。
小夜は眉を寄せ、紫の瞳を細めた。
シルバーは苛立ちながら言った。

「これからは一人で突っ走ろうとするな。

今は能力が限定されているから尚更だ。」

『私も忘れてたんだもの。

癒しの波導が使えないって…。』

「例え能力が戻っても、一人で行くな。」

小夜はネンドールに癒しの波導を直接放出しようと試みるまで、能力の制限を忘れていたのだ。
アリゲイツは俯いてしまった小夜に心苦しくなった。

“小夜は女の子なのに、御主人はきつい言い方だ!”

そう言ったアリゲイツは、シルバーの腰辺りを軽く二度叩いた。
小夜はアリゲイツに微笑み、シルバーに弱々しく言った。

『これから気を付ける…。』

「分かればいい。」

シルバーは小夜の頭をくしゃくしゃと撫で、空いている手でアリゲイツの額を小突いた。
乱された髪をさり気なく手櫛で直した小夜は、無言で浮遊するネンドールに言った。

『ハガネールは庭にいるよ。

今は私が主人。』

ネンドールは驚かなかった。
ハガネールの主人がバショウから小夜へ変わると予想していたのだ。

『ハガネールと同じように私が貴方の主人になってもいい。

如何する?』

ネンドールにはハガネールと共に行動しなければならないという義務はない。
ネンドールは暫く無言で浮遊していたが、意を決して声を発した。

“主人が愛した人間よ。

貴女との主従関係を私は望む。”

堅苦しい喋り方はバショウの性格を映しているようだ、と小夜は頭の片隅で思った。

『分かった。

私の手持ちとして迎えるね。』

宜しくね、と小夜の隣にいたエーフィが鳴き、ボーマンダとバクフーンも歓迎の声を上げた。
ネンドールは温かな歓迎に胸が熱くなった。
シルバーは眉を寄せた。

「だが待て。

ネンドールのモンスターボールがロケット団の手にある以上、お前が新たな主人としてボールに入れるのは難しいんじゃないのか。」

『遠隔でボールを破壊する。』

「そんな事が出来るのか?」

シルバーが初めて知った能力だった。
小夜はそっと頷いた。

『普段ならそのポケモンを見るだけでボールの在り処が分かる。

でも今はネンドールを見つめても、その在り処が分からない。』

能力が制限されている今、ボールの透視能力さえもが制限されていた。
だがこの研究所で目覚めた直後にハガネールのボールを透視した際は、其処にハガネールが入っている事も主人がバショウである事も透視出来た。
透視能力は一部のみが制限されているようだ。
小夜は溜息を吐いた。

『ネンドール、私の能力が戻るまで待ってくれる?』

ネンドールは頷き、無言でそそくさと窓の外へと飛び去ってしまった。
その背中はまるでもう話したくないと主張しているかのようだった。

「行っちまったな。」

『今は構って欲しくないのよ。

主人のバショウが亡くなったんだから。』

小夜は立ち上がって窓から外を眺め、ハガネールの元へと浮遊していくネンドールを見送った。

「無言無表情はあいつに似ている気がするのは俺だけか。」

『ううん、二匹とも一人称も二人称もバショウと同じ。』

小夜は手に持つ白い鈴を眺めてみた。
本当に助けたいと強く願った時、美しい波導が部屋を覆い尽くした。
今また再び鳴らそうと試みても、やはり鈴は無言だった。

「エーフィが鳴らした時より、白い波導が多かった。」

『そうなの?』

「ああ。」

『如何してかな。』

“小夜が波導使いだからかもしれない。”

エーフィがそう口を挟んだ。
小夜はうーんと唸って考えた。

『私が波導使いだから…?

確かに波導弾を使えるけど、まだ波導弾以外に波導を上手く使えないし…。

でも関係あるのかな。』

小夜は鈴を元あったバッグへと大切にしまった。
また使える時が来るかもしれない。

「波導使いって何だ?」

『シルバーは知らなかったね。』

小夜は説明を始めた。
波導というのは、全ての物質や生き物が持つオーラや気の事。
それを使える者やポケモンの事を波導使いという。
波導を使って遠隔でものを透視し、波導使い同士での交信も可能だ。
だが、オーキド研究所に匿われていた小夜は波導弾しか使いこなせていない。

小夜が鈴から放出させたのが波導≠ナ、エーフィが放出させたのが波動=B
エーフィはそう推測していた。
この二つにはきっと明確な違いがある。
念力や記憶削除、更にはテレパシーまで駆使する小夜に、シルバーは疑問を口にした。

「お前には出来ない事があるのか?」

『あるよ、沢山。』

もし人を生き返らせる能力が手に入るのなら、彼をこの世に引き戻したい。
窓から青々とした空を見上げながら、小夜はそんな事を思った。



2013.3.2




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