14-1

鬼の邪な気配を安易に追ったのが悪かったのだろうか。
この鬼は私が予想した以上に手強かった。
鋭利な爪によって縦に裂かれた右目を損傷し、稀血が顎から地表へと滴り落ちてゆく。
失明どころか、眼球を失ってしまった。
この鬱蒼とした森を、片目で抜けなければならない。
日輪刀の美しい刀身に映る私の顔は、醜かった。
女の鬼が塵となって消えながらも、苦し紛れに言った。

「稀血の小娘が…ッ!
伍に繰り上がったばかりだというのに…!」
「それは残念でしたね」

私は不意に背後の気配に気付き、紫色の刀身を持つ日輪刀を鞘に収めながら振り向いた。
そこには、鬼殺隊士の男性が腕を組みながら立っていた。
陽光を沢山反射しそうな額当ては煌びやか。
長身で筋骨隆々、分厚い二の腕に嵌められた腕輪。
片目に不思議な模様と、一つに結われた銀髪。
個性的なその人は私を見下ろしながら、口元を緩ませた。

「へえ…俺の気配に気付くとはな。
階級は派手に甲って所か?」

非番の鬼殺隊士だと思われている。
私は日輪刀を所持しているのに、隊服を身に纏っていないからだ。
塵となってゆく鬼の目を見たその人は、腰に手を当てた。

「おっ、下弦の伍を殺ったのか。
呼吸によっちゃ柱昇格だなと言いたい所だが、その目じゃ無理か」

この鬼は目に下伍≠フ字を彫られていた。
私にはその意味が分からないし、この鬼の首を刎ねたことが柱昇格に繋がる理由も分からない。
特別な鬼だったのだろうか。

「蝶屋敷が近いな、派手に飛ばすぜ」
「わっ…!」

私を易々と横抱きにしたその人は、身軽に駆け出した。
自分で走ると言いたいところだけれど、この目では遠近感を掴めずに躓いてしまいそうだ。
その人と同じような装飾を施された鎹鴉が姿を現し、頭上を滑空した。
その人は慣れたように言った。

「胡蝶に連絡してくれ。
負傷者一名、右眼の損傷だ」

鴉は高らかに鳴いてみせると、進行方向を先に飛んでいった。
その人の分厚い二の腕に背中を預けるように抱えられている私は、細々と呟くように言った。

「…酷い顔になってしまいました」

醜い傷を負った私を、杏寿郎さんはどのような目で見るだろうか。
杏寿郎さんのことを思うと、胸が潰されるように苦しくなった。
私は右目を失ってしまった。
縦に裂かれた傷は、痕になるかもしれない。

「心配してる暇があるなら常中で止血しろよ」
「常中とは?」
「……は?」
「……え」

墓穴を掘った気がする。
聞き返すべきではなかった。
私が冷や汗をかくと、その人は私の顔を静かに一瞥した。

「お前、花野井那桜だな」

気付かれてしまった。
私は育手から指導を受けていない。
祖母から鬼殺隊や鬼について少し齧る程度に聞いていたとはいえ、知識がまだまだ浅い。
特に呼吸に関しては無知だ。
月の呼吸ですら、勘で使っているのだから。

「最終選別を受ける前に十二鬼月を倒すなんざ、前代未聞だぜ。
ああ、十二鬼月ってのは鬼の階級みたいなもんだ」

その人は無知な私の為に説明してくれた。
十二鬼月とは、鬼舞辻無惨直属の部下であり、上弦と下弦に分かれている。
上弦の方が下弦より強く、更にその二つは壱から陸に振り分けられ、数字が下がる程に強さが上がってゆく。

「自己紹介しておくか。
俺は音柱、宇髄天元様だ。
つまり神だ!」

神?宇髄天元様?
この人の自己肯定感は飛び抜けているようだ。
突っ込む気力がない私は、柱である宇髄さんの話を静かに聞いていた。

「お前も目をやられてなかったら柱になれたかもな。
月柱ってとこか」
「私は鬼殺隊士ではありません」
「今更何言ってんだ。
日輪刀持って鬼の頚刎ねて、もう立派な鬼殺隊士だろうが」

私は隊士を脅迫したような碌でもない女だ。
そのような私が鬼殺隊を名乗るべきではない。
この話題は困るから、敢えて話を変えた。

「優しいお方なのですね」
「ん?俺が?」
「私に振動が伝わらないように、気遣いながら走ってくださっていますから」

宇髄さんは少しばかり照れたのか、口元を僅かに窄ませた。
加速しながらも、私の体に伝わる振動は少ない。

「心優しい俺には三人も嫁がいるからな。
お前を四人目にしてやってもいいぜ?」
「ご遠慮しておきます」
「即答じゃねぇか」

煌びやかな装飾を身に纏っているけれど、優しい人だ。
胡蝶さんの元へ行けば、杏寿郎さんにも時期に連絡が届くだろう。
右目を失った私は、杏寿郎さんにどのように顔向けすればいいのだろうか。
不安で仕方がなかった。
油断すれば、涙が溢れそうだった。





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