14-2

蝶屋敷に到着した時、空は依然として暗かった。
玄関先に出てきたばかりの胡蝶さんは、横抱きにされている私を見て、微笑みが驚きの表情へと一転した。

「花野井さん?」
「胡蝶、怪我人だ。
派手に頼むぜ」
「どうぞ中へ」

蝶屋敷を訪れるのは初めてだ。
この立派な外観のお屋敷に私などが入っていいのか、密かに緊張した。
治療室へと運ばれた私は、宇髄さんに寝台へと慎重に降ろされた。
胡蝶さんは包帯や薬品などを準備しながら、相変わらず穏やかな口調で宇髄さんに言った。

「こんなに可憐な人が隊士を失禁するまで脅したとは思えないでしょう?」
「確かにな。
しかもこいつ、さっき下弦の伍を殺りやがった」
「十二鬼月を?それは本当ですか?」

宇髄さんは堂々とした笑みを浮かべながら、長身で私を見下ろした。
寝台に腰を下ろす私は、俯き加減で苦笑した。
宇髄さんは扉の方へ歩き出すと、能天気に言った。

「俺はこの辺で失礼するぜ。
じゃあな、花野井那桜」
「あの、宇髄さん」

扉の取手を掴んでいた宇髄さんは、くるりと振り向いた。
私は両膝の上に手を置き、丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございました」
「律儀だな?まあいいってことよ。
じゃあな、早く治せよ!」

陽気に手を振りながら、宇髄さんは部屋を後にした。
心の中で、もう一度宇髄さんに感謝を伝えた。

「少し痛みますが、治療しますよ」
「お願いします」

胡蝶さんは微笑みながら治療を始めた。
負傷した隊士の治療に慣れているのか、とても手際が良かった。
鋭い痛みに耐えながら、私は胡蝶さんに謝罪した。

「申し訳ありません、胡蝶さんの手を煩わせてしまって…」
「構いませんよ。
あなたが鬼殺隊士ではなくても、私はもうあなたを仲間だと思っていますから」
「ありがとうございます」

有難い言葉だと思ったけれど、私はもう戦えないだろう。
この目では遠近感を掴めない。
それにまず大前提として、私には鍛錬が足りない。
宇髄さんが話していた常中というのも分からないのだ。
胡蝶さんは仕上げに包帯を巻きながら言った。

「そういえば、煉獄さんはあなたと恋仲になれて幸せそうですよ」

突然にその名を聞いた私は押し黙った。
哀しくて、手が震えそうになる。

「花野井さん?」
「このような顔では…もう…」
「何も心配は要らないと思いますよ。
煉獄さんなら変わらずあなたを想うのではないでしょうか」

私が左目を瞬かせると、胡蝶さんは優しい微笑みを向けてくれた。

「もし煉獄さんがその傷のせいであなたを嫌いになるような人間なら、私が煉獄さんの食事に毒を仕込んでおきますから」

冗談が過ぎますよ、胡蝶さん。
そう言おうとしたのに、涙が滲みそうになるのを堪える私は何も言えなかった。
杏寿郎さんが私を突き放したりしないのは分かっている。
正義感が強く、勇ましくて崇高な心を持つ杏寿郎さんは、私が醜い傷物になったのを理由に嫌うような人ではない。
けれど、もう傍にいられないかもしれない。
俯いて肩を震わせる私の背中を、胡蝶さんはそっと撫でてくれた。



2022.2.27





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