胡散臭い電子メール -1

小夜は論文を要約した文書を片手に、軽快に階段を降りていた。
昨夜の検査結果に心が躍る。
シルバーたちと一緒に成長していけるのだから。
オーキド博士とケンジも、ポケモンたちも喜んでくれた。
手すりに腰を下ろし、するーっと滑りながら廊下へ降りた。
オーキド博士の研究室内に二人分の気配を感じながら、その扉をノックした。

『小夜です。』

「入ってくれ。」

扉を開けると、オーキド博士とケンジがいた。
ケンジはオーキド博士がごちゃごちゃにした本棚の整理をしている。
ごちゃごちゃにした張本人はパソコンと向き合っていたが、椅子を回転させて小夜の方を向いた。

『お二人共、お疲れ様です。』

「小夜さん、お疲れ様です。」

「御苦労じゃった。」

小夜はオーキド博士に文書を渡した。
パソコンで文字を入力しなくても、小夜の字は読み易くて整っている。
今回要約した論文の内容は、チョンチーとランターンの発光器官について説いていた。
読んでいる小夜も面白かったと思っている。

「そうじゃ、君に話をしておこう。

来週の一日だけ出掛けようと思うんじゃ。」

オーキド博士は時々出張する。
目的はポケモン学会やシンポジウムへの参加であったり、他のポケモン研究所にいるポケモンを研究しに行ったりする。
先月もウツギ研究所に顔を出し、進化の研究について話し合った。

『今回は何処へ?』

「ホウエン地方じゃよ。」

オーキド博士はパソコンの電子メール画面を開き、その内容を見せた。
小夜とケンジは二人で覗き込んだ。
差出人の名はドクター・ユング≠ニ表示されている。

―――――
オーキド博士、お久し振りです。
私が開発した新しいバトルシステムを、優秀な博士であるあなたに紹介したいと思っております。
他にも、あなたのお知り合いであるポケモントレーナーのサトシ君とカスミさんを招待しました。
あなたのお越しをお待ち申し上げております。
―――――

続けて日時と住所が記載されている。
小夜もケンジも胡散臭い文章だと思った。
新しいバトルシステムとは一体何だろうか。
オーキド博士の知り合いであるサトシとカスミを招待したのも不審な点だ。

『何故、サトシとカスミが…?』

「さっぱり分からん。」

「新しいバトルシステムとかいうのも気になりますね。」

ユングという男は何を考えているのだろうか。
オーキド博士は画面で別のウィンドウを開き、インターネットに繋いだ。
ドクター・ユング≠ナ検索すると、幾つかヒットした。
その中の一つをクリックすると、数年前のニュース記事が画面に表示された。
その内容を見た小夜は瞳を細めた。

『ポケモン学会から追放…?』

「うむ。」

非倫理的な研究を続けていたユングは、大勢の有識者からの警告を無視し続けた。
ポケモン学会が定めた規約に基づき、ユングは其処から追放されたのだという。
追放される程の研究を続けていた男が、今更になってオーキド博士にコンタクトを取ったのだ。
ケンジは眉を寄せた。

「この人絶対に怪しいですよ、博士。

逢いに行って大丈夫ですか?」

「彼がどのようなシステムを作ったのか気になる。

好奇心旺盛のサトシは必ずユング君の研究所を訪ねるじゃろう。」

非倫理的な研究を続けていたユングが作ったシステムなら、危険性を含んでいるに違いない。
オーキド博士はそれを直接確認し、最悪の場合は研究自体をやめさせたいと思っている。
小夜はユングの顔写真を見つめた。
ダイゴよりも年上に見える男は童顔で、穏やかな顔付きをしている。
だが小夜とは違った紫の目の奥に、不吉な野望が見える。
エメラルドグリーンの髪色が、予知夢の現場でランスと名乗っていたロケット団員と酷似している。
ユングを不気味に思ったのは、それだけが原因ではなかった。

『博士…嫌な予感がします。』

「…そうか、気を付けよう。」

小夜の嫌な予感は百発百中だ。
オーキド博士は改めて気を引き締めた。

「この日はシルバー君がデボンコーポレーションに出社しない日じゃ。

留守番を頼んだぞ。」

『分かりました。

念の為にポケモンを連れていって下さい。』

「うむ、分かった。

小夜、シルバー君に後で此処へ来るように言っておいてくれんか?

シルバー君にもこの話をしておきたい。」

シルバーは薬物調合室である自分の研究室で作業中だ。
ケンジは不安になり、不快な鳥肌が立ちそうになった。
三ヶ月前のような事態にならなければいいのだが。
もしあれ程の危機が待ち受けていれば、小夜の予知夢が事前に警告してくれただろう。
小夜はあれ以来、予知夢を見ていない。
それは不幸中の幸いだと言っていい。
ケンジは不安な面持ちで掃除を再開した。





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