検査結果-2

向き合わなくてはならない問題だったのに、目を背けてきた。
小夜を残して自分だけが年々成長するなんて。
まるで小夜を置き去りにするかのようで、心苦しかった。
夜の研究室で検査機器の分析結果を待っているシルバーは、一人で力なく椅子に腰を下ろしていた。


―――キュウコンみたいに千年も生きられなくていい。

―――だからシルバーと一緒に歳を取りたいな。


ニューキンセツへ向かう途中の船で、小夜はそう言っていた。
人造生命体である小夜は人間とポケモンの混血だ。
難しい恋愛なのは承知している。
それでも、もう手遅れだ。
愛してしまったのだから。

『シルバー、いる?』

シルバーは慌てて顔を上げた。
扉から顔を覗かせていたのは小夜だ。
小夜は控えめに言った。

『ノックしたんだけど返事がなくて…。』

「悪い、ぼーっとしていた。

入れよ。」

『うん。』

研究室に入った小夜は、後ろ手でゆっくりと扉を閉めた。
その手にはマグカップが一つ載った盆がある。

『まだ検査結果は出ないんでしょう?

部屋で休んだら?』

「三十分もあれば結果が出る。

体調は問題ないか?」

『ないよ。』

昼に続いて、夜も多めの採血をした。
普通の人間なら貧血でふらつく量だが、小夜はピンピンしていた。
注射痕もさっぱり残っていない。
金属製のテーブルに盆を置いた小夜は、シルバーにワニノコ柄のマグカップを渡した。

『ホットココア。』

「お前は気が効くな。」

肌寒い夜にはホットココアが身体に沁み渡る。
マグカップからそれを一口飲んだシルバーは、ほっと一息ついた。
その様子を見た小夜は、少しだけ安心した。
別の椅子を引っ張ってくると、シルバーの隣に腰を下ろした。

『気を張ってるみたいだったから、心配した。』

「今後を左右するデータが出るからな。」

『もし私の成長が確認出来たら嬉しい?』

「当たり前だろ。」

人造生命体である小夜は、三年前から成長ホルモンを一切検知出来なくなった不可解な身体だった。
その検査結果には、オーキド博士も頭を悩ませている。
シルバーはマグカップをテーブルに置くと、小夜の腕を掴んだ。
小夜の椅子のキャスターが回り、二人の距離が縮んだ。
間近で見つめ合うと、吐息が交わる。

「お前は人間よりも長い寿命は要らないのか。」

『要らない。

シルバーと一緒がいい。』

小夜はシルバーの背中に両腕を優しく回した。
抱き着いてきた小夜に、シルバーは愛しさを感じた。
優しく抱き締め返すと、小夜の腕の力が強くなった。

『私の身体が私の気持ちに応えてくれたのかもしれないね。』

「まだ結果は分からない。」

『信じてよ。』

成長ホルモンが確認されたなら、大きな一歩となる。
成長速度が緩やかなのか、それとも速いのか。
それは今後も詳細を分析しなければ分からない。
それでも、小夜はシルバーと共に歳を重ねていけるのだと信じたかった。
シルバーにも信じて欲しい。

『シルバーの身長が伸び始めてから、置いていかれるのが凄く怖くなった…。』

向き合うのを拒んできた成長速度の問題に、改めてぶち当たった。
以前にも増して恐怖を覚えるようになった。
シルバーと共に歳を重ねていきたい、と常々願うようになった。

「お前は美人だし、まだまだ若い。

それを維持したいとは思わないのか?」

『馬鹿…変な事訊かないでよ。』

「…ごめん。」

不老不死といった長い寿命を、誰でも一度は羨ましいと思った事があるだろう。
小夜はそれを欲しいと思った事などなかった。
シルバーと一緒なら、歳を重ねる事など怖くない。

「…お前は長い寿命よりも…俺と一緒に生きる事を選ぶのか。」

小夜はシルバーと抱き合いながら頷いた。
目頭が熱くなったシルバーは、目を固く瞑った。

「やっぱり…お前が好きだ。」

『私も、シルバーが大好き。』

ずっと一緒がいい。
様々な壁に突き当たっても、離れたくない。
検査機器の画面に、結果がグラフとなって音もなく表示された。
右肩上がりになっている曲線は、小夜が成長している証だった。




2018.7.2




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