温もり

二人がポケモンセンターに戻ると、エーフィにがみがみ説教された。
その間にも旅の支度が完了すると、二人はポケモンたちをモンスターボールの中へ戻して出発した。
もう殆ど明かりのない古風な田舎町を、シルバーが持つと言い出したランプの灯を頼りに進む。
小夜の隣を歩く少年は意気阻喪しており、普段のつんつんぴりぴりしている面影を感じさせなかった。

『シルバー?』

「…何だ。」

『元気ないね。』

「そんな事はない。」

何があったのかと尋ねても何でもないと一蹴されてしまうと思った小夜は、何故シルバーの元気がないのかを自分で考える事にした。

『お腹でも痛い?』

「断じて違う。」

『気分でも悪い?』

「何でもないって言ってるだろうが。」

『如何して教えてくれないのよ。

シルバーの馬鹿。』

「な!」

馬鹿はお前だろうが!
この鈍感野郎、いい加減気付きやがれ!

シルバーは小夜と出逢ってからもう何度目かの苛々に襲われた。
氷の抜け道の入り口で、この直後に待つ氷点下を恐れるようにして二人は立ち止まった。
小夜は透き通った瞳でシルバーを一瞬ちらりと見たが、すぐに目を逸らした。

『バクフーン。』

小夜はモンスターボールを放ち、バクフーンを繰り出した。
やる気を見せたバクフーンは、背中の放出口から炎を噴き出した。
シルバーはじと目でバクフーンを見た。

俺がこいつと一緒…か。

シルバーは心の中で項垂れた。
主人である小夜に喉を掻いて貰って御満悦なバクフーンは、今にも喉がゴロゴロ鳴り出しそうな至福の表情だ。

『シルバー。』

「何だ。」

『嫌ならついてこなくてもいいよ。』

「は?」

小夜は緩く微笑んだが、その瞳は微笑んではいなかった。
シルバーに背を向け、氷の抜け道の中へと脚を踏み入れる。
はっと我に返ったシルバーは慌てて小夜の後を追う。

「待てよ、何を意味の分からない事を言っているんだ。」

小夜の突拍子もない発言に、シルバーは表情に出さずとも動揺した。

『シルバーは私が嫌いなんでしょう?』

「嫌いなんて一言も言ってねぇだろうが。」

小夜は速足で先へ進む。
氷に囲まれた冷たい洞窟はまるで今の二人を表現しているようだった。

「おい。」

『…。』

「人の話を聴け!」

小夜はシルバーに見向きもせず、バクフーンは主人の隣で困ったように眉尻を下げた。
苛立ったシルバーは小夜の肩を掴み、無理矢理自分の方に向かせた。

「人の話を……っな?!」

此方を向いた小夜の瞳からは大粒の涙が零れていた。
しゃくり上げる訳でもなく、ただ瞳から涙が溢れて頬を伝っていくのを見て、シルバーは更に動揺した。

「な、な、何故泣く?!」

『謝るよ、私の我儘が過ぎたね。

情報が欲しいからってシルバーの自由を奪っちゃ駄目よね。

自由を奪われるのは私が誰よりも嫌いなのに。

本当に…ごめん。』

過度な動揺により思考が上手く回らないシルバーは、小夜の台詞の意味が理解出来なかった。

「何を言って…。」

『記憶削除もしない。

情報もいらない。

だからもう私に構わなくてもいいよ。』

小夜は肩を掴むシルバーの手を振り解き、踵を返して走り出した。
小夜の涙が氷の壁を反射して仄かに光った。

「勝手な事を言うんじゃねぇ!

こら待ちやが――」


―――つるっ


小夜を追おうと駆け出そうとしたシルバーは、氷の張った地面で脚を滑らせた。
手に持っていたランプが宙を舞う。

『っ?!』

小夜が素早く後方を振り返ると、バクフーンが舞うランプを何とかキャッチしていた。
そして十数歩先で宙に浮くシルバーがいざ氷の地面に突っ伏そうとしたその時、一匹のポケモンがシルバーの目の前を通った。

「うわっ!」

どしんと重たい音がすると、シルバーは腹部の痛みで何かを踏み潰している事に気付いた。
その腹痛は束の間、下敷きにしていた何かは瞬間移動したかのように姿を消した。

「いてぇ…。」

鈍痛が残る自分の腹部を擦ると、鼻先にモンスターボールが一つ転がってきた。
ポケモン捕獲の際に点灯する中心の赤い光が瞬く間に消えた。
小夜は口をぽかんとして立ち尽くしていた。

『あ…。』

「………俺は今何をした。」

『えっと、転倒しそうになって、目の前をポケモンが横切って、それをシルバーが踏み潰して、シルバーのリュックから空のモンスターボールが落ちて、そのポケモンに当たって……。』

丁寧にわざわざ区切りをつけながら説明する小夜。
それを唖然としながら聴くシルバー。

「俺が捕まえた?」

『うん、おめでとう。』

自分の意思とは無関係にゲットしてしまった事に対しておめでとうと言われても、シルバーは嬉しくなかった。




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