初恋、散る-2
自分の事が嫌いなのかと尋ねたと思えば、信用してもいいのかと尋ねる。
シルバーは何から如何回答すればいいのか分からなくなった。
「話が支離滅裂なんだよ。」
『ごめん。』
「お前は謝ってばかりだな。」
シルバーは隣に座る小夜の肩を不器用に抱いた。
この暗闇の中なら、赤い顔は小夜にも見えにくい筈だ。
とくんとくんと鳴る心臓の音は小夜に聴こえてしまっているだろうか。
『温かいね。』
「…そうだな。」
『バクフーンも凄く温かいよ。
きっと次に進む氷の抜け道でも助けてくれる。』
「俺をバクフーンと一緒にするな。」
雰囲気が台無しな上に、次に進む道を小夜がいつの間にか決断していた事をシルバーはたった今知らされた。
氷の抜け道はフスベシティとチョウジタウンを結ぶ氷点下の道だ。
過酷な旅になるだろう。
小夜は下弦の月を見上げた。
バショウと六年振りに再会した日は満月だった。
あれから一週間以上が過ぎた。
もうそろそろミュウツーが動き出してもいい頃だ。
だがミュウツーが動き出したら教えてくれ、と頼んだ相手であるバショウからは音沙汰がない。
『シルバー、私の意識がない間にネンドールが訪ねてこなかった?』
「ネンドール?
いや、見ていない。」
『そっか。』
「何だ?」
『ロケット団に連絡を取ってる人がいるって言ったでしょう?』
「ああ、そいつか。」
―――私が分からなくても彼には何か鍵となるかもしれないから。
シルバーはその彼とやらの存在が気になった。
「そいつはどんな奴だ?」
『如何して気になるの?』
「いいから言えよ。」
『如何して?』
「いいから。」
執拗に訊きたがるシルバーを小夜は不思議に思ったが、少し考えてからすぐに回答した。
『優しくて銀髪で、綺麗な人。』
綺麗な人という言葉を零した小夜をシルバーはひたすら見つめた。
隣で月を見上げる小夜は、この世の者かと疑う程に綺麗なのに。
シルバーには皮肉にしか聴こえなかった。
「お前にとって、そいつは何だ?」
『え?』
―――貴女は私の全てです。
バショウはそう言っていた。
小夜にとってのバショウは何だろうか。
『彼は…。』
シルバーをポケモンセンターに待たせ過ぎたあの日。
ネンドールのテレポートに連れられたあの夜を思い出す。
『彼は私の…。』
シルバーの心は本能的に小夜の回答を聴くのを恐れた。
心地良い夜風が二人の髪を静かに撫でる。
『世界で一番大切な人。』
そう囁いた小夜の頬笑みは、今まで数々見てきた中でも一番綺麗だった。
「……そうか。」
心が痛い。
『それが如何したの?』
今はその頬笑みが苦しい。
「お前はそいつが好きなんだな。」
シルバーは小夜の肩を抱くのを止め、俯いた。
『うん。』
これ以上傷つけないでくれ。
『でもシルバーの事も好きよ。』
「…は?」
間の抜けた声が出た。
シルバーが見た小夜はふわりと微笑んでいた。
『エーフィの事も、ボーマンダの事も、バク』
「おい、ちょっと待て。」
何て奴だ。
こいつは本物の鈍感だ。
この雰囲気を悟らないのか?
『え?』
「その頭の中、一度見せてみろ。」
『如何して?』
「お前の好き≠ヘ一体何だ?
そいつは恋愛対象なのかって訊いているんだ。」
恋愛対象。
それが家族や友達に対する好き≠ナはない事を、小夜はやっと理解していた。
だがバショウから好き≠ニいう言葉を直に聴いた事はない。
『さっきから如何してそんなに熱くなってるの?』
「いいから答えろ。
恋愛対象として、そいつが好きなのか?」
シルバーは小夜の両肩を掴んで自分に向けた。
此処で答えを聴いておかなければ、今後きっと諦められなくなる。
二人はお互いの瞳を見つめ合い、暫く黙っていた。
『好き。』
まるで此処で小夜がシルバーに告白しているかのような、そんな言い方だった。
シルバーは目を伏せた。
「……そうか。」
シルバーの初恋は夜風に流されて散っていった。
2013.2.10
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