再会
庭のポケモンたちに夕食を与え終えた小夜は、同じ女の子であるエーフィと一緒に風呂に入っていた。
この風呂場は四階にあり、壁やタイルは全て清潔感のある白だ。
―――チャポン…
広い浴槽の中、小夜は湯船に浸かりながら湯を掬ったり落としたりしていた。
隣にはエーフィが座っており、同じく湯船に浸かっていた。
研究所の風呂はポケモンも利用する前提で設計されている為、とても広い。
流石に身体が二m近くあるボーマンダは無理だが、小夜が腕や脚を伸ばしてもまだまだ余裕がある。
『スイクン、元気かな。』
研究所から滅多に外へ出ない小夜がスイクンに逢える筈がなかった。
外に出るとしても、早朝や深夜に人目を盗んでの散歩程度だ。
“きっと元気だよ。”
エーフィは耳の付け根を前脚で洗うように掻きながらそう言った。
肺が湿気を吸い込み、普段より声を出し難い。
『エーフィ、あの手紙を如何思う?』
“…。”
エーフィは黙って真剣に考えた。
あの手紙はバショウからの可能性が高い。
昼に現れたネンドールはバショウのポケモンであるとも考えられる。
だが、もし違ったら如何なるだろうか。
バショウからの手紙だと装っているロケット団が差出人だとすれば、手紙の指定場所へ行くのは罠に自ら引っ掛かりに行くようなものだ。
だとするとロケット団は小夜が此処にいると認知している事になる。
もしそうであるのなら、誘き寄せるといった姑息な手を使う必要があるだろうか。
研究所に強引に侵入したり、スパイを放ったりしそうな連中なのに。
これらを考慮に入れると、やはりあれはバショウからの手紙かもしれない。
『私一人で行くよ。』
「!」
エーフィは首を強く横に振り、必死に訴えた。
“絶対に駄目、私も行く!
ボーマンダだってそう言う筈だよ!”
『バショウの可能性が高いと思う。
一人で逢いたいの。』
“……。”
エーフィが寂しそうな顔をした為、小夜は湯気で湿気を帯びている小さな頭を撫でてやった。
『絶対に戻ってくるって約束するから。』
エーフィは小夜の紫の瞳を見つめ、ゆっくりと頷いた。
もし隠れてついていったとしても、小夜は気配に敏感な為にすぐ感知してしまうだろう。
エーフィは渋々留守番をすると決意した。
後々ボーマンダを説得するのが思いやられる。
『ほら、シャンプーしてあげるよ!』
小夜が毎晩してくれるシャンプーが大好きなエーフィは嬉しそうに鳴いた。
小夜はオーキド博士に手紙の事を一旦黙っておく事にした。
だがオーキド博士にはこの六年間で最も世話になった。
明日もし旅立つのなら、手紙の事も含めて理由を言わずに出ていったりなどは決してしない。
今までもそうであったように、オーキド博士には全て隠さずに後々話すつもりだ。
エーフィをポケモン用のシャンプーで洗い終わった小夜は、次に自分の髪を泡立てながら物思いに耽る。
―――私は誰だ。
『え?』
突如心の中に響いた声に、小夜は思わずシャンプーする手を止めた。
湯船に浸かって小夜が髪を洗い終わるのを待っているエーフィは、不自然に手を止めた小夜に首を傾げた。
『今、声が聴こえた。』
“私には何も聴こえなかったよ。”
小夜が間違いなく聴こえた厳粛な声に耳を澄ませても、二度は聴こえなかった。
手を止めたまま完全に静止した小夜の瞳にシャンプーの泡が入り、不意打ちを食らった小夜は悶絶した。
『うぅ…いたあ!』
その様子を見たエーフィはクスクスと笑ったが、すぐに口を開いた。
“誰の声だったか分かる?”
小夜はシャワーで瞳を洗い終わると、遠い目をした。
『……ミュウツー。』
“!”
あの声は間違いなく、四年前に研究所の一室で彼と交信した時に聴いた声だった。
『気のせいかも。』
小夜が第六感に卓越した能力を持っている事は、共に過ごしてきたエーフィがよく理解していた。
その為、気のせいという言葉は余り小夜が使用していい言葉ではないとエーフィは考えていた。
“ミュウツーは同じ境遇の小夜に何かを訴えてるのかも。”
『いや、そうじゃない。』
小夜は直感的に分かった。
訴えているのではない。
ミュウツーの心がこの世界に向かって叫んでいるのだ。
もしかしたらミュウツーはもう完成しているのかもしれない。
『自分の存在意義に思い悩んでるのかもしれない。』
私がそうであるように。
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