妖怪

「……妖怪、か。」

この女に興味を持ったのは、匂いが原因だ。
清らかで、柔らかな匂い。
人間でも妖怪でもなく、人間独特の雑味がない。
しかし、妖怪であるという確証は何一つ無かった。
妖気を全く感じないからだ。

『妖怪だと言えば、信じますか?』

霊気と妖気、何方も持ち合わせる妖怪など聞いた事がない。
それを妖怪と定義していいのかさえ分からない。
女は苦しげに微笑んだ。

『りんにも言われました。
数年前と変わっていない、と。』

妖怪の寿命は数百年にも及ぶ。
ほんの数年程度では、外見は変わりはしない。

『私は妖怪として生まれました。』

女は丁寧に話し始めた。
遥か北にある妖怪の小国に、この女は生まれた。
太古の昔、この女の家系は一人の人間の女と交配していた。
それが巫女であり、非常に強い霊力を持っていたのだという。
何世代も続く内にその血は薄れ、最終的には消え失せた。
しかし、予兆もなく変異が起こり、霊力が覚醒した子が生まれた。
それが目の前にいるこの女だった。
かといって、人間の血が流れている訳ではない。

『今は、霊力で妖力を封じています。』
「何故だ。」
『今朝まで人里にいたからです。
反転も可能です。』

反転――つまり、妖力で霊力を封じるのだろう。
聞いていると、造作も無い事のようだ。
すると、女は自分の手を見つめて、人差し指の腹を噛んだ。
私が僅かに目を見開くと、血が滲んでいた。

『如何ですか?
人間の血の匂いは…するでしょうか?』
「いいや。」
『そうですか。』

確かに妖怪の匂いがした。
女が指先の血を舌で軽く拭うと、既に怪我は無くなっていた。

『私が人間に手を貸すのは、一族の者が人間に救われた過去があるからです。』

この女は人間の疫病や怪我を治療する旅をしているが、基本的にはあてのない旅だという。
人里を訪れるのなら、人間の振りをしている方が都合が良い。

『正体を話したのは久し振りです。』
「何故話した?」
『あなたを信頼出来ると思ったからです。』

信頼――?
りんを連れている私を、信頼しているのか。
女は立ち上がり、私に微笑んだ。

『お話出来て、嬉しかったです。』

女は私の隣から跳び降り、柔らかく着地した。
そのまま振り返らず、りんの隣に腰を下ろした。
私の傷を治療した、清らかな巫女。
隣にいても不快感を覚えない女。
その姿を見つめていたが、再び月を見上げた。



2018.2.15




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