気付いていた事

図書室の本棚で参考書を探していた俺は、頭の中が愛で溢れ返っていた。
今頃、二人の友人と話し合っているだろう。
愛の心の傷が深くならないか如何か、心配で仕方がない。
参考書探しに集中出来ず、諦めようとした時。
右腕の制服の裾を背後から軽く引っ張られた。

「!」

反射的に振り返った。
予想通り、其処にいたのは愛だった。
俺を見上げながら哀しげに微笑んでいる。

『国光。』

愛は俺の右肩に額を当てた。
俺は周囲に人がいない事を確認してから、愛の頭に手を乗せた。

「無事に終わったか?」

『……うん。』

釈然としない返事だ。
何か言われたのかもしれない。
俺は愛の背に片手を回し、そっと押した。

「行こう。」

『えっ?』

愛を催促しながら、テーブルに置いてあった筆記用具やノートを取りに向かった。
それを手に持つと、二人で図書室を後にした。
愛を連れ、屋上へ繋がる重厚な扉の前まで階段を上がった。
扉は悪戯防止の為に施錠されている。

『国光…?』

小首を傾げる愛の手を引き、そっと抱き締めた。
愛は少しだけ戸惑ったが、抱き締め返してくれた。

「心配した。」

『ありがとう…ちゃんと話せたよ。』

和解出来たようだ。
それなのに、妙に釈然としないのは何故だろうか。

『ねぇ、国光。』

「如何した?」

『……ごめん、やっぱりいい。』

「話してくれ、気になる。」

愛を抱き締めたまま、片手でその頬を撫でた。
俺の腕の中で大人しくしている愛は、俺の胸元に頬を擦り寄せた。

『あのね…朋ちゃんにバレンタインデーの事を話したの。』

愛は話し辛いのか、沈黙した。
俺は愛のタイミングを静かに待った。

『リョーマ様は愛が好きになりそうなんじゃなくて好きなんだよ…って言われた。』

「……。」

『…やっぱり話さなかったら良かった。』

きっと竜崎さんも言わなかっただけで、そう思っていた筈だ。
越前は愛の事が間違いなく好きだ、と。
しかし、愛にとっては非常に複雑な話だ。

「越前はお前に気を遣ったんだろう。」

『…国光も思ってたんだね。

越前君があたしの事好きだって。』

「お前も気付いていただろう。」

愛は小さく頷いた。
気付かない振りをしていただけで、本当は気付いていた。

『越前君の気遣いを無駄にしたくなかったし、越前君はあたしを好きなんかじゃないって思いたかった。

でも朋ちゃんに言われたら、凄く辛くなった。』

愛は俺の背に回している手で制服をぎゅっと握った。

『あたしは国光がいれば、それでいいのに。』

愛おしさを感じさせるような台詞で、俺は腕の力を一層強くした。
俺にきつく抱き締められ、愛は小さく身動ぎしながら笑った。

『これから落ち着いていけばいいな…。』

「徐々に落ち着かせていこう。」

『うん。』

落ち着けばいいが、それは市民テニス大会以降になりそうだ。
俺は愛の顔を間近で覗き込んだ。
愛は照れ臭そうに微笑んだが、疲労が隠し切れていない。

『学校だけど…キスして?』

「今更訊かなくてもいい。」

愛の後頭部に手を回し、その唇を塞いだ。
少しでも愛の気が紛れるように、口付けを何度も繰り返した。



2017.10.8




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