ダイレクトアタック

放課後、部活前のあたしは男女テニス部共用の壁打ち場に来ていた。
既にレギュラージャージに着替え終わっている。
お昼休みの話し合いを思い出しながら、壁の一定の箇所だけに打球を当て続けていた。

「待った?」

『遅い。』

あたしは振り返らずに、打球の軌道を変えた。
壁から跳ね返った打球は遅れてやってきた越前君に向かった。
越前君は持っていたラケットでそれを打ち、壁打ちを始めた。
あたしはポケットからテニスボールを二つ取り出し、スイング一回分だけずらして壁に打ち込んだ。

『三つ同時に打ち合おう。』

「ちょっと、何?」

越前君は連続でラケットを振り、壁に当てた打球の軌道をあたしに向けた。
あたしは他の打球に当たらないように、全て打ち返した。
自動球出し機の連射になれているあたしにとって、この程度なら如何って事はない。

『ミクスドのペア組むんだから、これくらい出来なきゃね。』

「!」

お互いに打球の軌道を相手に向けながら、壁打ちが続く。
ミクスドに関して何も聞いていない越前君は、若干の戸惑いを見せた。

「竜崎は?」

『察してよ。』

越前君は恋愛してる場合じゃないだなんて冷たく言い放ち、告白する前の桜乃ちゃんを振った。
あたしが知らない所で勝手にバレンタインデーの事も話すし、話したタイミングも酷だ。

『結局、あたしがペアだから。』

「本望だけど。」

ブチッと何かが切れた気がした。
あたしは二つの打球をラケットの面で拾った。
更に、もう一つを素手で掴み、越前君の頭にぶん投げた。

『ダイレクトアタック!!』

「痛っ!」

ボコッとクリーンヒットした。
越前君がしゃがみ込み、静かに悶絶した。
越前君にも通じるゲームのネタを攻撃名に使用したあたしは苛々した。
ラケットの面に乗っているテニスボール二つも投げたい。

「暴力反対…。」

『あの子がどれだけ勇気を出して越前君をミクスドに誘ったか、分かってるの?!』

越前君はあたしを見上げながら黙り込んだ。
桜乃ちゃんの気持ちに気付いている癖に、告白もさせずに振るだなんて。
あたしはラケットをテニスボールごと越前君の足元に放り投げた。
立ち上がった越前君の襟首を引っ掴み、ガクガクと前後に揺さ振った。
目を回しそうになった越前君があたしの手首を握り、苦しそうに言った。

「ごめん、前が見えてなかった。」

『は?』

「好きになりそうだって言ったでしょ。

アンタの事しか見えてなかった。」

あたしは襟首を引っ掴んだ体勢のまま硬直した。
何よ、それ。
こんな時に何を言ってるの?
その時、あたしを呼ぶ声がした。

「愛ちゃん!」

この声は桃先輩だ。
桃先輩はあたしと越前君に駆け寄ると、あたしの手首を掴んだ。

「其処通りかかったら喧嘩してっからさ、誰かと思ったら愛ちゃんと越前かよ!」

「桃先輩、俺暴力反対っス。」

「愛ちゃん落ち着けって、な?」

アンタの事しか見えてなかった、だなんて言わないでよ。
あたしは越前君の襟首をゆっくりと離した。
折角桜乃ちゃんと朋ちゃんとの話し合いが出来たのに、越前君に突っかかって問題を蒸し返して如何するんだ。

『ごめんなさい…落ち着きます…。』

あたしは落としてしまったラケットとテニスボールを拾い、その場から立ち去ろうとした。
でも、あたしの手を越前君が取って引き留めた。
あたしは振り返らなかった。

『…何?』

「困らせてごめん。」

『あたしの方こそ…突っかかってごめん。』

ゆっくりと越前君に振り返った。
あたしが泣きそうになりながら微笑むと、越前君が目を見開いた。

『恋愛って難しいね。』

「…そうだね。」

あたしの背後で桃先輩が猛烈にスマホを操作している。
一体誰に何を送っているのか、暫く後に気付く事になる。

『絶対優勝しよう。』

「当然でしょ。」

『ミスしたらまたテニスボールぶつけるから。』

「痛かったんだけど。」

お互いの掌をパチンと合わせ、好戦的に微笑み合った。
先程まで揉めていたのに。
桃先輩はきょとんとしていた。

『部活が終わったら此処に集合ね。』

「分かった。」

『桃先輩、心配させてごめんなさい。』

「え、あー、いいんだよ。」

『じゃあ!』

あたしは二人に陽気に手を振り、女子のテニスコートまで駆けていった。
気を引き締め直そう。
あたしにはやるべき事があるんだから。



2017.10.19




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