作戦会議という名の

愛のテニススクールの快適さは尋常ではなかった。
トレーニングルームやシャワールーム、仮眠室まであるのだという。
三面あるテニスコートは隅々まで整備され、天井も高く、照明も明るい。
この環境が愛のテニススキルを向上させているのは間違いないだろう。

『桜乃ちゃん、初めは緩く行くよー。』

「うん!」

自動球出し機のかごにテニスボールを大量に入れ、柔軟後の軽いウォーミングアップが始まった。
愛は球出し機の球速や配球間隔の時間をセットし、スタートボタンを押した。
ロブのような球がネットを越え、竜崎さんへと向かった。
竜崎さんがそれを打ち返すと、ネットの向こう側にいた越前がその打球を軽く打ち返してかごへと戻していく。

『うん、効率的。』

俺は愛の隣でノートを読んでいた。
考案したサインを復習したり、愛とコート上で如何動けばいいかを確認した。
すると、愛は傍でラケットを振り抜く越前に笑顔で言った。

『越前君、後は宜しく。

球出し機の設定は簡単だから、桜乃ちゃんのアップが終わったら越前君に変わってね。

あたしたちは作戦会議するから覗かないでね。』

「な…?!」

越前は愛の顔を見て、コート上を走りながら慌てた。
しかし、竜崎さんの打球は上手く定まらず、彼方此方に飛ぶ。
それをかごに打ち戻すだけでも、越前にはウォーミングアップだ。
愛は俺を手招きし、ポケットに入れていた鍵でトレーニングルームを開けた。

『どうぞ。』

「!」

光沢のあるフローリングの部屋に、最新型のトレーニング器具が並んでいた。
テニスコート一面分程の空間に、ベンチプレスやランニングマシンなどがある。
どれも真新しく見えるが、それはよく手入れされているからだろう。
愛はトレーニングルームに隣接している部屋の鍵を開けた。
先程から様々な鍵が何度も登場するが、警備が厳重だからだろう。
愛一人で使うなら尚更だ。

『此処は仮眠室。』

「よく使うのか?」

『うん、居心地良くて。』

六畳程の空間に冷蔵庫、電子レンジ、オーディオプレーヤーといった家電が置かれ、学習机やベッドもある。
レースのカーテンが閉められている窓の前には、サボテンが置かれている。
仮眠室というより、愛の部屋だ。
家に帰らなくても、此処で充分に生活出来そうだ。
俺が学習机に置かれたテニス雑誌の表紙を見ていると、愛が後ろ手でドアを閉めた。
更に、内側から鍵を閉めた。

「…愛?」

『……。』

愛はドアに背中を凭れ、俯いている。
密室に二人だけとなると、少なからず緊張するものだ。
俺が愛に近寄ると、突然勢いよく抱き着かれた。

「…っ、如何した?」

『…ぎゅってしたくなった。』

如何やら作戦会議というのは嘘らしい。
俺は力の入っている愛の肩を撫でた。
愛が細々と話し始めた。

『桜乃ちゃんが越前君の事頑張ってみるって…さっき話してくれた。

あたし…まだバレンタインの事話せてないのに…。』

「辛いか?」

『…少し。』

「俺がいる。」

俺が愛のペアを名乗り出たのは、他でもなく愛の為だ。
あの二人を見て心苦しくなるであろう愛を、俺がすぐ傍で支えたかった。

『ありがとう…やっぱり大好き。』

俺の胸の鼓動が速くなった。
強く抱き合っているし、愛に聞こえてしまっているかもしれない。
テニススクール内の密室に恋人と二人きり。
邪魔する者はいない。
愛の格好は半袖と短いフレアスカート。
この滅多にない機会に、背徳感のある感情が胸の内に湧き上がった。
リミッターが働く内に此処を出なければ。

「そろそろ離れてくれ。

コートに戻ろう。」

『嫌。』

「愛…。」

愛は俺の肩口に額を押し付けながら、首を横に振った。
俺はそっと愛の両肩を押し、身体を離した。
愛が涙目で見上げてくる。
駄目だ、もう抗えない。

『…ん…っ。』

その唇を奪い、華奢な身体を掻き抱いた。
愛に目眩を勘違いさせた以前の失敗を考慮し、その後頭部を支えながら数歩下がった。
真っ白なベッドに愛の足が当たると、身体を押して座るように催促した。

『ふ…っは、』

愛は口付けを続けながらも大人しく座ると、俺の身体を引っ張った。
ベッドに背中から倒れ込もうとしているのが分かると、俺は愛の身体を慎重にベッドへと沈めた。
愛のテニスウェアのシャツが捲り上がり、腰回りの肌が胸の下まで見える。
短いスカートで普段よりも両足の露出が多く、スタイルの良さを窺わせる。
愛と交際して以降、最も扇情的な状況に直面している。

『…続けて…。』

俺の頬に手を添え、愛は俺を煽った。
その手を掴み、指を絡めて口付けを再開した。
愛の髪を撫でながら、息の合う口付けを繰り返す。
息継ぎのタイミングに舌を滑り込ませ、じっくりと味わった。

これ以上は駄目だ、やめなければ…。

そう思ってはいるものの、愛の口元から漏れる声が俺の欲を掻き立てる。
無意識に愛の手を強く握ってしまっていた。

『んっ…い、たい。』

「っ、すまない。」

俺は愛の背に両手を回し、その身体を起き上がらせた。
ベッドの上で座ったまま抱き合いながら、唇が触れ合いそうな距離を保っている。

『ごめん、ね。』

「俺の方こそ…すまない…。」

愛は首を横に振った。
髪を纏めていたシュシュを解き、もう一度括り直した。

「行こうか。」

『…国光。』

「何だ?」

『ありがとう。』

愛の微笑みは俺の心を簡単に和らげてしまう。
その頬に手を添え、顔を寄せた。
最後にもう一度だけ口付け合った。
仮眠室を後にしても、甘い時間の余韻が残って消えなかった。



2017.9.6




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