自動球出し機とプライド

国光と一室にテニスコートに戻ると、汗だくの越前君と慌てる桜乃ちゃんがいた。
桜乃ちゃんは自動球出し機の操作方法が分からないらしく、越前君に延々と球が飛んでいた。
二秒毎に一球のペースだ。

「アンタたち、遅いんだけど…!」

越前君が打球をかごに上手く戻しながら言った。
あたしは国光と仮眠室で触れ合った余韻で、身体がほてほてしていた。
あたしが球出し機をストップさせると、越前君が足を止めた。

『そんな無茶しなくても、途中で放棄したらいいのに…。』

「…にゃろう。」

越前君のプライドがそうさせなかったんだろう。
でも、何分間打ち続けたんだろう。
その気合いに脱帽だ。
あたしはそう思いながら、桜乃ちゃんに球出し機の操作方法を細かく教えた。
桜乃ちゃんが覚えてくれたのを確認したところで、国光と向き合った。

『国光、次行く?』

「ああ、そうしよう。」

『速さは?』

「今のままでいい。」

了解です。
国光がベンチに置いてあったラケットを手に取り、コートに立った。
それを確認したあたしは、設定を弄ってからスタートボタンを押した。

「!」

国光は不意を打たれる事なく、テニスボールを打ち返し始めた。
ちょっとだけ意地悪した。
先程の二倍のペース、つまり一秒に一球のペースでテニスボールが飛ぶ。
見事に打ち返せている。
バックハンドとフォアハンドを繰り返し、打球は全てかごに戻っている。

「愛ちゃん、速くない…?!」

『他にも色々出来るよ。

例えば、二球出しとか。』

違うボタンを押すと、テニスボールが二球連続で別の方向へと飛んだ。
国光が目を見開いた時。
あたしはネットを飛び越え、国光の隣でその一つを打ち返した。
この自動球出し機に慣れているあたしに驚きはない。

『効率的?』

隣同士でウォーミングアップを繰り返した。
あたしたちの打球は一つもかごから外れない。

『先に失敗した方が何か言う事聞くって如何?』

「いいだろう。」

越前君はベンチに腰を下ろし、何時の間にか買ったジュースを飲んでいる。
あたしたち二人がミスをするような気配はない。

「愛。」

国光が言葉であたしを怯ませようとしている。
そう簡単に怯んでたまりますか。

「お前にはこれがウォーミングアップというより、先程の方がウォーミングアップだったな。」

『え。』

確かに今よりもさっきのキスの方がよっぽど身体が火照った。
何だか国光に触れたくて、キスを強請った。
あたしを押し倒した国光が余裕のない表情をしていたのが思い出される。
顔が熱くなったあたしは何もない場所でつんのめった。

『きゃ…!』

はっとした国光は反射的にラケットを放り投げ、豪快に転倒しそうになったあたしの身体を前から抱き留めた。
桜乃ちゃんがおろおろしながら自動球出し機を停止させた。

『こ、これってどっちが先に失敗した…?』

「お前だ。」

『ですよね…。』

思い切り抱き着いてしまったけど、慌てて離れた。
悔しい、油断した。
あたしは身体を硬くしながら国光の要求を待った。

「この練習が終わった後は、お前を家まで送る。」

『うん。』

「それでいい。」

『えっ、それだけ?』

テニススクールでミクスド以外の練習はせずに、真っ直ぐに帰って欲しいんだ。
つまりは、無理をするなと言いたいんだろう。

『分かった。』

「お前は何を要求するつもりだったんだ?」

『今日一日、愛ちゃんって呼んで?』

「……呼ばないぞ。」

『分かってるよ。』

桜乃ちゃんが真っ赤になり、越前君はジト目をしている。
しまった、二人だけの世界に入り込んでいた。
今日はミクスドの練習の日なんだから、あたしたちゾーンに入り浸っちゃ駄目だ。
気を取り直し、自動球出し機を倉庫に片付けた。





page 1/2

[ backtop ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -