ふにゃふにゃ
もうふにゃふにゃだ。
時間をすっかり忘れて国光と甘いキスを続け、やっと女子テニス部のコートに戻ってきた。
国光は部長なのに、引き留めてしまって申し訳なかった。
戻ってきたあたしの姿を見つけた桜乃ちゃんと部長が駆け寄ってきて、若干足元の覚束ないあたしに目を丸くした。
部長が大慌てで言った。
「愛ちゃん、大丈夫?!
何処かで倒れてるんじゃないかと思ったのよ?!」
『すみません…。』
国光とちゅっちゅしてただなんて言えない。
赤い顔が余計に二人を心配させたみたいで、桜乃ちゃんがあたしの背中に手を遣った。
「とりあえずベンチに座ろう?」
『ありがと…。』
とにかくふにゃふにゃだ。
ベンチにぺたんと座り、赤い顔を隠す為に俯いた。
先程の国光との時間を思い出すだけで、頭が沸騰しそうになる。
「あたしは後輩の指導があるから、竜崎さんは愛ちゃんを見ておいてくれる?」
「はい。」
体調不良だと思われているみたいで、何だか申し訳ない。
かと言って、国光と過ごしていただなんて言えない。
優しい部長はあたしに心配そうな笑顔を残し、踵を返して去っていった。
桜乃ちゃんが控えめに尋ねた。
「保健室には行かなくて大丈夫?」
『うん、大丈夫。』
保健室の先生には恋煩いを治せないだろうから。
まあ治したくもないけど。
危ない、にやけそうになった。
「辛くなったらすぐに言ってね?」
『そう言う桜乃ちゃんも。』
「え?」
最近の桜乃ちゃんの顔は精神的に疲れているように見える。
入学当初からの付き合いだから、隠していたって分かる。
『越前君がいないから、寂しい?』
「……。」
今度は桜乃ちゃんが俯いた。
越前君はアメリカへ行ってしまった。
何も聞かされていなかった朋ちゃんは、突然の別れに号泣していた。
実は、あたしは知っていた。
全国大会決勝戦の翌日、越前君と渡り廊下で偶然すれ違った時に聞いた。
―――俺、明後日アメリカに行くから。
その時に何故か連絡先を聞かれ、コミュニケーションアプリのIDを交換した。
桜乃ちゃんと朋ちゃんすら知らないのに。
二人には越前君の連絡先を知った事を話せていない。
あたしの病名を知った越前君は、病状の経過が気になるんだろうな。
水野君の件だって片が付いていない。
ついでに言うと、越前君とはまだ連絡を取っていない。
『気持ちは伝えなくて良かったの?』
「うん、いいんだ…迷惑だろうから。」
『そんな事ないと思うよ。』
迷惑だなんて、越前君が思うだろうか。
………思いそうだ。
「愛ちゃんは、もし水野君から告白されたら迷惑だと思う?」
突然且つ予想外の質問に驚いた。
前々から水野君の気持ちに気付いていた桜乃ちゃんは、告白される側の気持ちが気がかりなんだ。
あたしは慎重に答えた。
『迷惑というより、申し訳ないと思う。
気持ちに応えられないから。』
迷惑というのは好き勝手に言う堀尾君みたいな人の事だと思うけど、それは口に出さなかった。
『好きになる事って悪い事じゃないと思うの。』
これは越前君にも言った台詞だ。
桜乃ちゃんや朋ちゃんが越前君を想う気持ちは素敵だと思う。
あたしは多少なりとも恋の難しさや楽しさを知っているつもりだ。
越前君は生意気だしテニスばかりだけど、告白にはきちんと返事をしてくれる人だ、多分。
『好きっていう気持ちを大切にして欲しいな。
ごめん、あたし何様なんだろうね。』
「ううん、ありがとう……愛ちゃん。」
涙目になった桜乃ちゃんに微笑んだ。
2017.5.26
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