スマホの悲劇

数ヶ月に及ぶブランクで、腕が確実に鈍っている。
少しでも早く、ベストな状態に戻さなきゃいけないのに。
U-17W杯の女子日本代表選抜合宿は、男子よりも二日だけ早く始まった。

山奥で行なわれている合宿も二日目。
選抜枠をかけ、選手同士での試合が行われた。
最も早く枠を勝ち取ったのは、試合時間の短いあたしだった。
既に合宿所から帰宅し、現在はお風呂上がりに出国の準備をしている。
片手にはスマホ、通話の相手は大好きな人。

『予定よりも早いけど、明日には出国するよ。』

《そうか、油断せずに行ってこい。》

『国光も合宿頑張ってね。』

あたしだけが一足早く、U-15国別対抗戦の開催地であるデンマークへと向かう事になった。
その理由は日本のエースであるあたしのコンディションの調整の為だ、と合宿参加選手に説明されている。
でも、それは表面上の話だ。
実際は、雑誌の記者が苦手なあたしが早く合宿所から出たいと希望したからだった。
例の記事には裏で手を回したとはいえ、記者が合宿所へと突撃してこないという保証はない。
元からマスコミが苦手で必要最低限のインタビューにしか答えないあたしは、更に警戒心が強くなってしまっている。

『男子の合宿は女子よりも随分と長いらしいね。

怪我には気を付けて。』

《お前もな。》

女子の国別対抗戦は男女同時開催のプレW杯よりも先に開催される。
お互いに一息入れる余裕もないまま、W杯に突入するだろう。

『何かあったらすぐ連絡するね。』

《何もなくても連絡してくれ。》

『うん。』

時差は8時間。
合宿中にもなるとスマホは見難いだろうし、電話の時間は合わせ辛そうだ。
留守電に愛のメッセージが欲しい、なんて言えない。

『次に逢えるのは、あたしが帰国した時だね。』

《団体戦だが、お前だけでも負けるな。》

『絶対負けないよ。

でも日本が早く負けたら、その分早く帰国するから。』

そうなれば、プレW杯まで同じ日本国内にいられる。
お互いに鍛錬に励まなきゃいけないけど、国外にいるよりは連絡を取り易くなる。
なるべく日本にいたい。

『年末は帰国出来るし、二人でゆっくり逢いたいね。

クリスマス…とか。』

《クリスマスか…。》

お互いに初恋で初恋人だから、恋人がいるクリスマスも初めてだ。
どんな風に過ごそうかな?
ホワイトクリスマスになるかな?
まだ先の話だけど、きっとあっという間だ。

『一緒に予定決めようね。』

《ああ、行きたい場所を考えておいてくれ。》

『分かった。』

今から凄く楽しみだ。
早くもワクワクしながら壁の掛け時計を見ると、夜の11時を回っていた。

《そろそろ寝た方がいい。》

『うん。』

何度電話を重ねても、切る時は名残惜しい。

《それじゃあ、おやすみ。》

『おやすみなさい。』

静かに通話が終わると、つい先程まで国光の声を伝えてくれていたスマホを胸に抱いた。
この後、あたしの大切なスマホに悲劇が訪れる。





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