貴方のお陰

『逃げるな、当て逃げ!』

大学病院の帰り、住宅街の曲がり角。
青学とは別の制服を着たモブ少年は、一人のお爺さんの手荷物にぶつかるだけぶつかり、全速力で逃げ去った。
あたしは転倒していたお爺さんに駆け寄ると、お爺さんは気難しそうに目を閉じていた。
まるで座禅を組んでいるかのような体勢をしている。

『あ、あのー、お怪我はありませんか?』

「すまんな、通りがかりの若者よ。

わしの注意力が足りんかった。」

不思議なお爺さんは立ち上がった。
如何やら怪我はなさそうだ。
…あれ?
何処と無く雰囲気や目が国光に似ている気がする。
あたしは見知らぬお爺さんにまで国光の面影を求めているのか…。
頭の中が相変わらず国光だらけだと実感しながら、落ちている物を拾った。
小銭が沢山散らばっているのを全て拾い終えると、お爺さんに渡した。

「感謝する。」

『いえ、お怪我がなくて幸いです。』

「む、お主何処かで…。」

『それでは、私はこれで失礼します。』

不二愛だと気付かれたくない。
あたしはお爺さんに頭を下げると、素早く身を翻した。


―――それは俺の祖父だ。

―――お前を紹介してくれと言っている。

昨日助けたお爺さんが、国光のお爺さんだった。
あたしは国光の隣でぼんやりとお弁当箱を閉じた。
今日も完食、お母さんありがとう。

「次はお前の番だ。」

『うん。』

一つ目の話は以上だと言った国光に、あたしの話をしなきゃ。
待ってくれている国光の肩に頭を預け、はっきりと言った。

『昨日病院の先生から、試合に出ていいって言われたの。』

国光が目を見開き、あたしの顔を見た。
間近で視線を合わせ、あたしは微笑んだ。

『やっと此処まで来れたよ、国光のお陰。』

「いいや、お前の努力だ。」

国光に引き寄せられ、座ったままの体勢で抱き合った。
学校なのに、もし誰かが来たら如何しよう。
本題に入るのは今からだ。

『明後日からアメリカで国際大会に出る。』

「!」

『日本代表の子が怪我で棄権したから、あたしに声がかかった。

明日アメリカ行きの飛行機に乗る。』

国光はあたしの両肩に手を置き、真剣に向き合った。
心配しているのがすぐに分かった。

「国際大会ともなれば、連戦になるだろう。

それでも問題ないのか?」

『昨日、病院の担当の先生から診断書を貰ったの。』

これは本当だ。
嘘じゃない。

『優勝すれば、年末のU-15国別対抗戦に出場させて貰える事になった。

さっきテニス協会の人に連絡して、出場するって伝えた。

なるべく身体の負担を軽くする為に、本気は出さないようにって言われたよ。』

「……心配だ。」

あたし自身も少しだけ心配だ。
試合の許可が出てすぐに連日連戦になるとは思わなかった。
久し振りの試合で身体が言う事を聞いてくれるのか、一抹の不安がある。

『応援してくれる?』

「勿論だ。」

『ありがとう。』

国光があたしの頬に手を伸ばし、顔を寄せてきた。
その唇に人差し指を当て、お預けを食らわせた。
国光の表情が硬くなる。

「……何だその手は。」

『国光のもう一つの話を聞いてからね。』

あたしが余裕の笑みを見せると、国光は不機嫌そうに身体を離した。
最近の国光はスキンシップが多い。
嬉しいけど、照れてしまう。





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