ナルシスト
仮眠では駄目だと小夜に念を押されたが、シルバーは結局上手く眠れなかった。
夕食までに何度も目が覚め、その度に外の様子を確認した。
モンスターボールの中にいたポケモンたちも、眠りが浅かった。
就寝前になると、シルバーは再びあの書斎にやってきた。
ダイゴは書斎のテーブルの上にあった電話機から父親に呼び出されたらしく、先程出ていった。
メタグロスは此処でお留守番だ。
すると、カナズミ市民ホールやカナズミホテルの様子を見に行っていたゲンガーが帰ってきた。
ガラス窓を通り抜けてきたゲンガーは、シルバーに何やら報告した。
オーダイルがその通訳の為にペンを動かし、リングノートをシルバーに見せた。
シラヌイがいなかった
「そうか…。」
その文章を見ても、シルバーは取り乱さなかった。
シルバーに注射されたウイルスよって発熱と脳症に苛まれているであろうシラヌイは、ロケット団員によって回収されたのだろう。
そしてロケット団によって運営されている病院に搬送されるだろう。
「小夜の記憶削除もあるし、もう何も問題ないだろうな。」
―――バンッ!!
突然扉が派手な音を立てて開けられ、ダイゴが飛び込んできた。
シルバーとポケモンたちは目を見開いた。
ダイゴは何か大きめの本のようなものを二冊持っている。
「シルバー君、大変だ…!」
皆が一斉に警戒した。
シルバーはソファーから無意識に立ち上がっていた。
緊張のせいで、心臓の音が煩い。
ダイゴがテーブルに走り寄り、持っていた冊子を開いた。
それを皆が覗き込んだ。
だがその中身は皆の予想に反したものだった。
テーブルに並べられたのは、二十代らしき女性の写真だった。
真っ白な壁を背景にして、花の飾られた椅子に上品に腰を下ろしている。
呆気に取られそうになったシルバーは、目を数回瞬かせてから言った。
「お見合い写真…?」
「ああ、そうなんだ。
有名企業の御令嬢だよ。」
ダイゴは皆の視線を諸共せずに腕を組み、顎に手を当てた。
「僕は一番強くて凄いし、縁談の話が舞い込むのも分かるけどね。」
生真面目に言ったダイゴに、皆が沈黙した。
自信家のダイゴがナルシストモードに突入している。
「このお二人がとても美人な御令嬢で有名だとは聴いていたよ。
でも、大変なんだ。」
「何が…ですか?」
「不細工に見えるんだ。」
ダイゴはシルバーの目をじーっと見た。
シルバーは気圧され、後退りたくなった。
とりあえず、これはシラヌイの件とは無関係のようだ。
「小夜ちゃんの影響だ、間違いない。」
「小夜…?」
「あの子はとんでもなく美人だ。
あれ程の美貌を持つ女性を、僕は見た事がない。」
此処は頷く場面だと思い、シルバーは不安定にコクコクと頷いた。
小夜は誰もが振り向く絶世の美少女だ。
「君もそうだろう?」
「……え?」
「君も小夜ちゃん以外の女性が全員不細工に見えるだろう?」
シルバーはそのように考えた事もなかった。
小夜と出逢う以前は、自分がこんなにも誰かに惚れ込むようになるとは想像もしなかったのだ。
「俺は小夜以外をそういう目では見ないので…。」
「君はあの小夜ちゃんが恋人だし、とても大変だろうな…。」
ダイゴにはシルバーの台詞が聴こえていなかった。
色違いのメタグロスは肩幅が狭くなる思いで恐縮していた。
主人のナルシストは人を困惑させる天才だ。
「これじゃあ一生縁談なんて受けられないね。」
困惑するシルバーを見兼ねて、オーダイルがリングノートに字を書いた。
性格も大事だよ!
「まあ確かにね。
でも外見も重要だとは思わないかい?」
オーダイルはうーんと首を捻った。
シルバーは頬が引き攣りそうになるのを堪えながら、とりあえずコクコクと頷いておいた。
そういうシルバーも小夜に一目惚れなのだ。
「小夜ちゃんは心も綺麗だね。
君が羨ましいよ。
僕もあんな妹が欲しかったな。」
「縁談は如何するんですか?」
「当然受けないよ。
僕は珍しい石を探しに出掛けるからね。」
オーダイルが話題を変えようと、リングノートに引き続き字を書いた。
シラヌイがホテルにいなかったみたいだよ
ダイゴは目を見開き、お見合い写真の冊子を閉じた。
「そうか…ロケット団が回収したんだろうね。」
「一応小夜にも連絡しておきます。」
「頼むよ。」
話が逸れて、シルバーはほっとした。
協力してくれたダイゴに失礼な態度は取れないし、かといってナルシストモードのダイゴには上手く対応出来ない。
ダイゴは一人掛けのソファーに優雅に腰を下ろし、膝の上で指を組んだ。
「君は明日から如何するんだい?」
「決めていません。
タンバシティに戻るかもしれません。」
ダイゴはシルバーがオーキド研究所に戻れない理由があると察している。
今回は自分の探究心にきっちりと蓋をし、何も詮索しなかった。
「なるべく森と人目を避けたいんです。」
「なるほど。」
森に何かあるのかい?
ダイゴはそう尋ねたくなったが、飲み込んだ。
森と人目を避けられる場所と聴いて、すぐに閃いた。
「いい場所を知っているよ。」
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