解決-2
雲間から太陽光が注ぐ真昼。
小夜はオーキド研究所のベランダの縁側に腰を下ろし、ぼんやりと空を眺めていた。
深夜から朝にかけて、様々な人間の記憶を消した。
シラヌイはロケット団に入団する時期は愚か、博士になる為の学問を始める直前までの記憶を全て抹消された。
何十年分という記憶がなくなっているだろう。
更に、防犯カメラの監視制御室でゲンガーに眠らされた二人も、何故眠ったのか記憶にない。
ホテルのロビーでシラヌイを受け付けた従業員も、シラヌイの顔を忘れた。
シラヌイに関するありとあらゆる可能性の記憶を、小夜は片っ端から消した。
全ては必然的に鎮静化へと向かうだろう。
“小夜。”
『ん?』
同じく縁側で寛いでいたエーフィが、談話室の中から小夜の名前を呼んだ。
小夜は振り向き、首を傾げた。
エーフィはレースのカーテンの間から顔を出した。
“シルバーからテレビ電話だよ。”
『ほんと?』
小夜はぼんやりしていたとは思えない程、敏捷に立ち上がった。
エーフィはそんな主人に苦笑した。
記憶削除の能力を連発させたせいか、主人は心此処に在らず気味だ。
そんな小夜と共に二階に上がり、オーキド博士の研究室へと向かった。
扉は既に開いていて、小夜の顔を見たオーキド博士はパソコン画面に向かって微笑んだ。
「小夜が来たようじゃ。」
オーキド博士は小夜に頷いてから、席を交代した。
恋人の姿を見たのは、例の計画を実行して以降初めてだ。
《小夜。》
『シルバー、お疲れ様。
ダイゴさんは?』
《僕もいるよ。》
ダイゴはシルバーの背後から顔を覗かせると、小夜に紳士的な微笑みを見せた。
シルバーはデボンコーポレーション内のダイゴの部屋にお邪魔し、そのパソコンからテレビ電話をしている。
あの書斎のパソコンにはカメラがついていない。
『お疲れ様でした。
その後は如何ですか?。』
《シルバー君のゲンガーに様子を見に行かせているけど、不気味なくらいに何事もないよ。》
ダイゴの背後にゲンガーが顔を出し、手に持つ無線機で話す素振りをして戯けてみせた。
この無線機の使い方も慣れてしまった。
小夜の膝に乗ったエーフィはゲンガーに笑った。
そんな二匹を他所に、シルバーは小夜に心配していた事を口にした。
《記憶削除は久し振りだろ。
集中力を使って疲れていないか?》
『平気。』
流石はシルバーだ、とエーフィは思った。
小夜は平気だと言ってみせているが、ぼんやりとしているのは確かなのだ。
シルバーは小夜をよく理解している。
やはり小夜の傍にはシルバーが必要不可欠だ。
『シルバーは?
少しは休んだの?』
《仮眠を取った。》
シルバーはラティオスナイトに関してダイゴから質問責めにされた後、来客用の宿泊室に案内して貰った。
広々としていて高級感のある部屋だった。
其処でシャワーを浴び、三十分程の仮眠を取った。
ポケモンたちも主人が起きているなら、と目を擦りながら起きていた。
仕事のあるゲンガーだけが終始元気に浮遊していて、それを見ていたシルバーも疲労を忘れられた。
『仮眠じゃ駄目。』
《まだもう少し外の様子を見る。》
『もう大丈夫だと思うよ?
ディアルガだってそう伝えてきたんでしょう?』
シルバーは小夜から心配性だと言われる事が多いが、心配性というより慎重だ。
それに、これは慎重にならざるを得ないような問題なのだ。
『それにね、私も思うの。
もう解決したんだって分かる。』
シルバーもダイゴも、不思議と納得してしまった。
第六感の優れた小夜が言うのなら、間違いないと思えるのだ。
『記憶削除も失敗してないよ?』
《お前の能力を疑っている訳じゃない。》
シルバーの時のように、記憶削除に失敗してはいない。
すると、何かと勘の鋭いダイゴが尋ねた。
《失敗する事があるのかい?》
『一度だけ、シルバーに失敗しました。』
何の躊躇もなく説明した小夜に、シルバーは眉を寄せた。
エーフィも同じような反応を見せた。
ダイゴは尋ねてから後悔した。
首を突っ込むのはやめようと思っているのに、余計な探究心のある自分は口が勝手に回ってしまう。
「さてさて、この話は終わりじゃ。」
小夜の背後からオーキド博士が顔を出し、三人の会話を遮った。
「シルバー君もダイゴ君も、休む必要がある。」
小夜は少しだけ肩を竦めて反省する素振りを見せると、シルバーの顔を見ながら自分のポケナビを指差した。
また電話するね、と伝えているのだ。
シルバーは頬を緩め、頷いた。
『ダイゴさんも休んで下さいね。』
《小夜ちゃんも無理はしないようにね。》
『はい、また何かあったら連絡して下さい。』
《分かった。》
小夜は最後に手を振った。
次にシルバーの顔を見られるのは何時になるだろうか。
一抹の不安が脳裏を掠めた。
2017.9.30
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