交渉

シルバーという青年は赤髪で端整な顔立ちをしていて、落ち着いた雰囲気が実年齢よりも大人に見せた。
その目付きは鋭いが、ラティオスを労った時の表情は優しかった。
あの小夜を恋人に持ち、幻のポケモンであるラティオスをメガ進化させる青年に、ダイゴは好印象を受けた。

「此処は僕が使っている書斎だ。」

ダイゴがシルバーを案内したのは、広々とした開放感のある書斎だった。
全面ガラス張りの窓は外からの視界を遮断する為に、調光のロールスクリーンが下されている。
壁一面が棚になっていて、様々な本が丁寧とは言えない具合に詰め込まれている。
ダイゴが趣味にしている珍しい石に関する本が多かった。
引き出しとワゴンの付いたシステムデスクがあるが、最新型のパソコンの横に本が無造作に積まれている。
部屋の中央にはダイゴが寛ぐ時に使う三人掛けと一人掛けのソファーが其々一つずつと、アンティーク調のテーブルがある。

「此処なら誰も来ないよ。

少し散らかっていて悪いね。

其処に座ってくれ。」

散らかっていると言ったダイゴだが、シルバーには比較的に整理されているように見えた。
もし小夜が此処を見れば、オーキド博士の片付けられない全盛期よりもずっとマシだと言っただろう。
ダイゴは三人掛けのソファーにシルバーを座らせると、テーブルに準備してあった電気ケトルで湯を沸かした。
高級感のあるティーカップとティーポットの隣に現代的な電気ケトルが並んでいるのは、不似合いだった。

「紅茶でいいかな?」

「ありがとうございます。」

ダイゴがティーポットに紅茶の茶葉を入れている間、シルバーはリュックを下ろし、本棚にある本の背表紙を眺めた。
興味深そうな目をするシルバーに、ダイゴは言った。

「君は頭が良いらしいね。」

シルバーは眉を寄せた。
大方、オーキド博士がそう言ったのだろう。

「君の学問に対する探究心は素晴らしいとオーキド博士が話していたよ。」

「またあの博士は勝手に…。」

シルバーは額に片手を当て、独り言のように言った。
他に何を喋られているのかと思うと、身震いしそうだ。
ダイゴは困惑しているシルバーに微笑んだ。
ティーポットに蒸らした紅茶をティーカップに注ぎ、シルバーの前に出した。

「待たせたね。」

「いただきます。」

ダージリンの繊細な香りが部屋を包んだ。
ダイゴは一人掛けのソファーに腰を下ろし、斜め前に座るシルバーに言った。

「予め言っておくよ。

答えたくない質問には答えなくても構わない。

君や小夜ちゃんには複雑な事情がありそうだからね。」

会話の出だしにそのような台詞を貰えるとは思っていなかったシルバーは、軽く目を見開いた。
自分の中に残っていた警戒心が薄れていくのを感じた。
そんなシルバーの気も知らずに、ダイゴはマイペースに口角を上げた。

「じゃあ、君の話を聴かせて貰おうか。」

「はい。」

シルバーはリュックを開け、中からタブレットを取り出した。
小夜かオーキド博士にポケナビで一緒に話して貰った方がいいだろうか。
オーキド博士から送られたデータを準備しながら、シルバーは考えた。

「これを見て下さい。」

「何かな。」

ダイゴが受け取ったタブレットの画面には、シラヌイという博士の講演会の広告があった。
講演内容は大昔の人々が戦争で使用した生物兵器に関して≠セ。
ダイゴはそれを見ても驚きはしなかった。

「知っているよ。

明日其処のカナズミ市民ホールで開催される講演会だね。」

怪しげな顔をしているシラヌイの顔写真を見ながら、ダイゴは続けた。

「彼には僕の親父も一目置いている。

彼は闇組織に所属する人間だという噂があるからね。

このカナズミシティで講演を行うと聴いた時、親父は憤慨していたよ。」

ダイゴの言う親父がデボンコーポレーションの代表取締役である事は、シルバーも分かっていた。

「その闇組織とは何か、御存知ですか。」

「噂によると、カントーとジョウトで活動するロケット団という組織らしい。」

それを聴いたシルバーは考えた。
自分はロケット団代表取締役の息子であり、小夜はそのロケット団の科学者によって造られた生命体だ。
ダイゴは二人がロケット団と関係があるのを知らない。
だが、これに関してはまだ話せない。
予知夢の当日を無事に終えるまでは。

「シラヌイの言う生物兵器は、ポケモンに感染させるウイルスです。

表向きでは大昔に使われた生物兵器の講演だと言っていますが、奴は今もウイルスの研究を続けています。」

「それは誰からの情報だい?」

「オーキド博士です。」

オーキド博士が出席していた学会にシラヌイが乱入し、コンピュータ上で生物兵器を発明していると豪語していた。
それをシルバーがダイゴに話すと、ダイゴは腕を組んで気難しそうな表情をした。
この青年が持ちかけてきた話は、自分が予想した以上に深刻なようだ。
シルバーはリュックの内ポケットからUSBメモリを取り出した。
亡き彼から受け継いだ大切な物だ。

「この中には、電子データを破壊するウイルスソフトが入っています。

俺の知っている天才ハッカーの手でプログラムされたものです。」

ダイゴはシルバーの掌にある小さなUSBメモリを見つめた。
シルバーの声は何の迷いの色もなかった。

「これがあれば、奴のコンピュータ内の全てのデータだけではなく、そのデータにアクセスしたコンピュータのデータ諸共全て破壊出来ます。」

「なるほど、芋蔓式に破壊する訳だね。」

亡き彼はこれを使って小夜を解放したのだ。
シルバーはUSBメモリを元の場所に戻した。





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