交渉-2

USBメモリをリュックに戻したシルバーの顔が、何処か憂いを帯びている気がした。
とても大切な物なのかもしれない。
そう思いながら、ダイゴは全く手をつけていなかった紅茶に手を伸ばした。

「つまり君は、シラヌイに接触したいという訳だね。」

ダイゴの物分かりは良かった。
シルバーは頷いた。

「俺が奴のコンピュータにウイルスを流し込んだ後は、小夜が奴に記憶削除を使います。」

「小夜ちゃんは遠隔でも記憶を削除出来ると聴いたよ。

知らない人間にもそれは可能なのかい?」

「対象の人数が多過ぎると難しいですが、全く知らない人間でも可能です。」

とても恐ろしい能力だ。
ダイゴはオーキド研究所から去る前、オーキド博士から釘を刺されていた。


―――小夜の事は口外しないで欲しい。

―――最悪の場合、小夜は遠隔でも記憶を消せる。


小夜の存在は勿論、あの研究所に出向いた事さえ、ダイゴは誰にも口外していない。
記憶を削除されるような失態はしていない。
貴重な記憶を残してくれた小夜を裏切りたくはないのだ。
シルバーは小夜に関して、まだ話したい事があった。

「小夜は外界からの刺激に過敏なんです。

例えばポケモンの超音波、それに人工的な電波も――」

「お香もそうだね。」

ダイゴは目を細め、視線を落とした。
オーキド研究所で小夜にお香を焚き、身体が過剰反応を起こした小夜を苦しませてしまった。
シルバーは口を噤んだ。
ダイゴを非難するつもりなどなかったが、ダイゴが自分自身を非難しているのだ。

「ポケモンしか感染しないウイルスだとしても、小夜ちゃんには感染の可能性があるという事だね。」

オーキド研究所では庭のポケモンたちの予防接種や定期検診を徹底している。
それは小夜への感染経路を断つのも理由の一つだ。
小夜にポケモンのウイルスが感染した事は一度もない。
だが人工的なウイルスが感染すれば、小夜がどのような過剰反応を起こすか分からない。
その為にも、シラヌイの研究を阻止したい。

「君は小夜ちゃんがとても大切なんだね。

それが凄く伝わってくるよ。」

「!」

シルバーは目を見開いた。
その表情がやっと変化を見せた事で、ダイゴは少し安心した。
恋人の為を想うシルバーを見ていると、何だか羨ましくなる。
如何返事をしていいものかと悩むシルバーに、ダイゴは話を戻した。

「一つ訊きたい事がある。」

ダイゴは紅茶を優雅に啜った。
どのような質問が飛んでくるのか、シルバーは心の中で構えた。

「君がとても焦っているように見えるけど、気のせいかな。」

「…。」

シルバーは目を閉じた。
今朝に見たばかりの神秘的な映像が思い出される。
まだ小夜とオーキド博士にはその映像に関して何も話していない。

「ディアルガが――。」

「え?」

シルバーの口から思わぬポケモンの名前が出てきた為、ダイゴは目を見張った。
ディアルガといえば、シンオウ地方で崇められている伝説のポケモンだ。
シルバーはディアルガに関して話そうと思ったが、言い渋った。
ダイゴに何処から何処まで話していいものか、悩んでいるのだ。
だが協力を求める側のシルバーは、ダイゴに対して説明する責任がある気がした。

「ディアルガといえば、時を司る伝説のポケモンだね。」

ダイゴはシルバーに考える時間を与えようと、敢えて席を立った。
そして本棚に近寄り、詰め込むように並んでいる背表紙の中から目的の物を探した。

「あった。」

シンオウ神話に関して書かれた本だ。
ダイゴはディアルガのページを探し出し、テーブルの上に広げた。
其処に描かれていた一枚の石盤の写真に、シルバーの目が釘付けになった。

「シンオウ地方の洞窟で見つかった石盤だよ。」

古い石盤に彫られているのは、今朝の映像内で見たポケモンに間違いなかった。
シルバーは心臓が煩く脈を打ち、周囲の音が遠く聴こえた。

「焦っているのは…俺じゃない…。」

「もしかしてディアルガに遭ったのかい…?」

俯いたシルバーは片手で頭を抱えながら、首を横に振った。
遭った訳ではない。
だが、ディアルガからシルバーにコンタクトがあったのは事実だ。
過去に送られ、ライコウ捕獲に使用されていた装置を目の当たりにした。
それがシラヌイの発明品である事を、ハガネールから聴いた。
更にシラヌイという名に引っ掛かりを覚えたオーキド博士が、その男がコンピュータ上で生物兵器を開発していると教えてくれた。
その開発を強制終了させられるのは、あのUSBメモリに入っているウイルスソフトだ。

「ディアルガが俺をあの日に送ったのは、必ず意味がある。

そう信じています。」

顔を上げたシルバーは、射抜くような視線でダイゴを見た。
迷いや躊躇など感じさせない、使命感の宿った目だった。

「力を貸して下さい。」

ダイゴは誓いを示すべく、左胸に片手を当てて言った。

「勿論だよ。」



2017.8.22




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