ポケモンたちの想い
四人でいただきますの合唱後、出来立ての朝食を囲った。
今日は特別に庭へピクニックテーブルと折り畳みの椅子を出し、ポケモンたちも含めた大勢での朝食だ。
それを提案したのは小夜とシルバーの二人である。
全員の食事が終わった時、シルバーは隣で瞳を細めている小夜を見た。
それに気付いた小夜はシルバーと視線を合わせ、シルバーがゆっくりと頷いた。
『皆にお話があります。』
エーフィが心配の目を主人に向けた。
小夜は小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせた。
三人は小夜の紫の瞳を見つめた。
『予知夢を見ました。』
突然の台詞に、温かな朝が緊張で張り詰めた。
小夜が早朝に予知夢を見た事を知っているのは、ポケモンたちの中でエーフィとオーダイルだけだ。
二匹以外のポケモンたちが皆して目を見開き、ケンジは口を半開きにした。
オーキド博士は険しい表情になり、普段の温厚な声とは違った真剣味のある声で言った。
「内容は?」
『……。』
小夜は俯き、瞳を潤ませた。
俺が言う、と小声で主張したシルバーに頷き、膝の上でスカートを両手でぎゅっと握った。
油断すれば泣いてしまいそうだ。
「小夜が刺したのは俺でした。」
事情を既に知っているオーダイル以外のシルバーのポケモンたちは、主人からの突然の台詞で愕然とした。
恋人である小夜に、シルバーが刺される。
あの血飛沫の正体はシルバーの血だった。
シルバーは一度立ち上がると、背後にいた自分のポケモンたちと向き合った。
先ずは手持ちポケモンたちに話さなければならないと思った。
「俺が死んだか如何か確証はない。
予知夢は俺を刺した場面で終わったからだ。」
シルバーの説明を聴くオーキド博士は目を伏せ、ケンジは手が震えた。
オーダイル以外のシルバーのポケモンたちは未だに現状を理解出来ていない様子で、愕然としたまま何も言わない。
オーダイルは主人の目を力強く見つめている。
「小夜は俺に別れを切り出したが、俺は拒否した。
お前たちの中に、小夜と別れて欲しいと思う奴がいても無理はないと思う。」
小夜は俯いたまま顔を両手で覆い、ポケモンたちに顔向け出来ずにいた。
ポケモンたちが其々如何思うのか、怖くて仕方がない。
「俺は小夜と別れるつもりはないし、死ぬつもりもない。
俺は絶対に死なない、約束する。」
何故死なないと過信しているのか、シルバー自身さえ理解不能だ。
だが、シルバーは本気だ。
「俺を信じてくれ。」
死ぬ確証はないという事は、死なない確証もない。
それなのに信じろと言うのは説得力に欠ける。
そんな事は分かっている。
「もし俺を信じられないのなら――」
シルバーはベルトのモンスターボールホルダーから六つのボールを取り外してから片膝を突き、それらを芝生の上に置いた。
「俺の手持ちを辞めろ。」
小夜は慌てて振り向き、シルバーとそのポケモンたちを瞳に映した。
シルバーがそのような事を言い出すとは全く聴いていない。
自分のポケモンたちがどのような反応をするのか、シルバーは恐怖心に駆られていた。
それでもポケモンたちの意思を確認するかのように、目を伏せなかった。
オーダイルが先手を切り、自分の意思を主人に伝えた。
“俺は何があっても御主人と一緒にいるって決めた。”
通訳が必要とされる場面だ。
小夜は声が震えるのを堪えながら、シルバーに慎重に通訳した。
オーダイルが其々の意思を確認すべく、名前を呼んだ。
“先ずは、クロバット。”
“俺もシルバーといる。”
懐きで進化したクロバットは、シルバーの目を真っ直ぐに見ていた。
繋がりの洞窟でシルバーの顔面に体当たりした日から、シルバーのポケモンである事を誇りに思ってきた。
それは今後も変わりはしない。
オーダイルはシルバーの手持ちになった順に呼んでいった。
“マニューラ。”
“根拠はないけどシルバーを信じてる!”
マニューラはニッと笑い、シルバーに頷いた。
死なない確証はないのに、信じてくれとがむしゃらに言う主人が好きだ。
それにこれからも抱っこして欲しい。
シルバーの胸の中にあった恐怖心が徐々に解けていく。
“ジバコイル。”
“……っ。”
ジバコイルは涙をぽろぽろと零し、声が出なかった。
最終進化を遂げても、泣き虫は直らない。
“僕…っ、僕も…シルバーと…!”
予知夢の当日が訪れるのが堪らなく怖い。
シルバーがトキワの森での事件の際と同じように、怪我をしてしまうのは避けられないだろう。
それでも、ずっと一緒にいたい。
そう伝えたいというのに、涙が邪魔をして声にならない。
だがジバコイルの涙を見たシルバーには、その考えが手に取るように理解出来た。
“ゲンガー。”
オーダイルに名を呼ばれたゲンガーは、浮遊しながらジバコイルのぴかぴかの身体を慰めるように優しく摩っていた。
“ついていくよ、シルバーに。”
自分は幽霊ポケモンだ。
だが、シルバーには死んで欲しくない。
同じ幽霊になりたくない。
シゲルのポケモンだった自分がシルバーのポケモンになりたいと希望した事に、一欠片も後悔はないのだ。
“最後に、ラティオス。”
“……。”
ラティオスは自分の名が呼ばれた直後に念力を発動し、全てのボールがシルバーのベルトへと戻った。
シルバーが目を見開いた。
ラティオスは力強い視線を送ってくる。
“シルバーこそ、私たちを信じて欲しい。”
小夜は一度言葉に詰まったが、ラティオスは小夜の通訳を待ってから次の言葉を続けた。
“生半可な気持ちでシルバーについてきた訳じゃない。”
シルバーや小夜との思い出は宝物だ。
数々の試練を乗り越えてきた日々には、幸せも苦しみもあった。
それでも、全て忘れずにこれからも今を生きる。
オーダイルが静かに穏やかな声で言った。
“皆、御主人を信じてるんだよ。
その事に理由なんて要らないんだ。”
シルバーは俯き、額に手を当てた。
自分のポケモンたちは如何してこんなにも温かいのだろうか。
胸に込み上げる気持ちが涙とならないように、堪えるのに必死だった。
「……ありがとな。」
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