過信-2
二人はシャワーを浴びに向かい、服や身体に付着した血をしっかりと洗い流した。
風呂場で小夜が強請り、流れのままに肌を重ねた。
その間にも二人のポケモンたちは庭で待ち続けていた。
主人が余りにも遅い事に痺れを切らしたポケモンたちは、二人のポケモンたちの代表格であるエーフィとオーダイルに様子を見に行かせた。
だが覗き見た部屋のベッドに染み込む血や、血の付着したナイフ、そして廊下にも滴る血を見たオーダイルが廊下でバタリと失神した。
エーフィは慌てて血の痕跡を追った。
洗面所の扉を念力で勢いよく開け、力の限りに叫んだ。
“何してるの!!?”
『あ、エーフィ。』
「やっぱり待ちきれずに来たか。」
其処には何時もの平和な光景があった。
主人がシルバーにドライヤーをして貰っている。
紫の髪がドライヤーの風で軽やかに揺れ、既に殆ど乾いているように見える。
更に二人は寝間着とは違い、ばっちり私服に着替えている。
エーフィは愕然とし、半開きになった口が塞がらなかった。
“な…にして……。”
『ごめん、廊下だけでも掃除したら説明しに行こうと思ってたの。』
二人に傷はない。
寧ろ顔が火照っていて、長く風呂場にいた事を窺わせる。
小夜は眉尻を下げ、エーフィの傍にしゃがんだ。
エーフィは涙目になり、二人に不満をぶつけた。
“二人共、無神経だよ!!”
『エーフィ…。』
「エーフィ、話を聴いてくれ。」
“心配してる私たちの事をほったらかして、二人は手取り足取り楽しんでたんだ!!”
小夜はエーフィの台詞を反省しながらシルバーに通訳した。
手取り足取り≠ニいう表現に怯みそうになったシルバーは、前髪を無造作に掻き上げ、申し訳なさそうに息を吐いた。
「俺たちが悪かった。
だが、二人だけでいたかった理由がある。」
エーフィは涙目でシルバーを睨んだ。
その怒りは如何にも鎮まらないようだ。
シルバーの目は伏せられ、静かな声が洗面所に響いた。
「予知夢の中で小夜が刺したのは俺だった。」
まるで時が止まったかのように、エーフィの脳内がシルバーの台詞の理解を拒んだ。
言葉が見つからなかった。
どのような理由があろうと、庭へ向かわせたポケモンたちを放っておくのは無神経だ。
そう反論する準備をしていたのに。
この際、先にエーフィにだけでも説明しておこうと思ったシルバーは言葉を続けた。
「小夜の野郎は別れようだとか言い出しやがった。」
シルバーの口が悪くなった。
これは不機嫌な証拠だ。
エーフィは未だに声を発する事が出来ない。
『ごめん…もう言わないから。』
「フン。」
『……ごめんなさい。』
小夜はシルバーから視線を逸らし、何も言わないエーフィをぎゅっと抱き締めた。
間違いなく混乱しているであろうエーフィに説明を加えた。
『血溜まりの正体は分からなかったけど、あの血飛沫はシルバーの物だったの。
シルバーが…死んだ、か如何かは分からない。』
「俺は死なないって言ってるだろ。」
『うん、それも分かったよ。
好きだから許して?』
「っ、この野郎。」
“もういいよ…お腹一杯だよ…。”
エーフィは普段通りに言葉でいちゃつく二人に思わず苦笑してしまった。
新たに見た予知夢の情報は二人にとって悲惨な内容だった筈なのに、二人は既にそれを真っ向から受け止めている。
如何してこんなにも強くいられるのだろうか。
それはきっとこの二人の絆が強いからだ。
『ポケモンたちにもオーキド博士たちにも予知夢の事を話さなきゃ…。』
「掃除もしないとな。」
“でももうすぐ朝ご飯だよ。”
小夜がドレッサーにあるピカチュウの置き時計を見ると、午前七時半を回っていた。
もうすぐ朝食の時間だ。
今頃家事好きのケンジが張り切って朝食作りをしているだろう。
掃除よりも先に朝食になりそうだ。
『朝ご飯の時に、皆で庭に集まろう。
其処で全部話すから。』
ハガネールやネンドールも呼び、全員に予知夢の内容を説明する必要がある。
だが先に混乱しているエーフィに血痕の理由を説明するべきだ。
『とりあえず、ケンジさんに外で朝ご飯にしたいって話さなきゃ。』
「そうだな。」
“あ、そういえばオーダイルは…!”
思い出したエーフィが廊下に飛び出すと、未だに失神しているオーダイルが仰向けに転がっていた。
二人とエーフィは血痕を避けながらオーダイルに慌てて駆け寄り、シルバーがその身体を揺すった。
「オーダイル、起きろ。」
“うう……はっ、御主人と小夜…!
怪我は、怪我はない?!”
「大丈夫だ。」
『ごめんね、びっくりしたよね。』
オーダイルは目からハイドロポンプ状態になり、二人を両腕でガシッと抱き締めた。
リミッターが完全に外れ、大声で泣いた。
何よりも二人が無事でよかった。
その様子を見たエーフィは場にそぐわないと分かっていながらも、困り顔で微笑んだ。
2017.3.22
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