5.
もうあきらめた。逃げるのはここまでだ。
私が問いかけると、彼がこっくりと黙ったまま腕に力を込めたから、少し息が苦しくなる。
こっくり、こっくり。
「好きだったら……真っ直ぐ好きだって言うのが普通だと思ったから」
長い沈黙の後に、彼はそう口にした。
「香りも、手を握った感じも、笑ってる顔も、向いてる方向も、全部欲しいって思ってるのに全然ちがうことするのはおかしいし、そもそもそういうふうに思う自分が気色悪い」
「……」
「でも、ほしい。逃がしたくない。君だけにそう思うのって、多分おれ変なんだ」
「わ、たしのこと……すきだと、思ってくれてるの?」
「……」
「あ。そこ黙るんだ」
黙って不意に顔を覗き込んできた彼から、目が逸らせない。
迷っているように泳ぐ瞳。綺麗だと思っていたら、
「すきで納めちゃいけない」
と困ったように零されて、
「でも、多分それに似てる」
付け加えた後でとろり、瞳が和らぐ。
「多分って……」
「付き合いたい」
「は……」
「彼女にしたい。彼女になってもらいたい。でもいままでいた彼女と同じじゃない」
「えっと」
「最初におれがここで同じこと聞いたとき、逃げたでしょ。あれで諦めようと思ったけど、気づいたらいろいろと口実作って一緒にいるようにしてた。こんなの気持ちが悪い奴がする事だよ」
「でもチョコ欲しかったんだよね?」
「なんで今そこに戻るんだよ……信じられない……」
「だって同じじゃん」
絶望顔の彼に私は言う。
「それが『好き』なんじゃないの?」
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