来客はひとり
「お誕生日おめでとう!」
声をやや張るのはこういった時か、本気で椋伍を叱る時だけ。
普段は物静かな両親は、今日は有り余る料理と食器を用意して、椋伍のグラスにグラスを当てて軽く音を立てた。
「ありがとーございまーす」
へらりと笑って会釈をする椋伍とは対照的に、微かに笑う両親。
空いた席はひとつで、まだその人は来ていない。
「なーなー、あけおめっていつ言えばいいと思う?」
時刻はまだ夜の八時。
気が早いと父親が蕎麦を呑み込んでから呟くのに「えー」と不満げに椋伍は「またそんな適当な挨拶をしてるの?」と母親に苦笑いをされ、きまり悪そうに口を尖らせた。
「だあって、直矢だからいいじゃん」
「親しき中にも、だぞ」
「直矢なんか『おう、おめでとな』しか返さねーって」
「……あの子ですらおめでとうって言えるのか」
「基準がおかしい」
「お前もおかしい」
父親も渋い顔を作っていたが、結局は嬉しそうに料理をつまんでいく椋伍を見て、口元が綻んでいる。
そうしていると、呼び鈴が鳴った。
「おう、おめでとうな」
「なあそれどっち」
期待を裏切らずに燈牢家を訪問したのは直矢だった。
席は椋伍の隣に取ってある。
毎回こうして「冬休みだから」という理由をこじつけて、実家での祝いもそこそこに、椋伍のところへと来るのだ。直矢という少年は。
小包を抱えてやってきた直矢を迎え入れた家で「それでさ」と椋伍が話を蒸し返す。
「おめでとうっていつ言えばいいと思う?」
「お前自分の祝いの席でなんでそんな馬鹿な事考えてんだよ」
「なあ、今日の主役オレなんだけど」
「直矢君もおかしいと思うわよね。この子のこと」
「おかしいだろ」
「おいやめろ」
「直矢君の反応が一般的だと父さんも思うぞ」
「オレの日なのに味方が一人もいない」
「あーはいはい、おめでとうな」
「雑!! もういいからさっきからすげー見せびらかしてるプレゼントくれよ!!」
料理をつまみながら軽口を叩き合えば、今度は椋伍以外のみんなが笑いながらそれぞれが用意したプレゼントをがさがさと取り出す。
それを了解を得て、椋伍は順に開け始めた。
「……。なあ」
「おう」
「すっげー嬉しいんだけどさ、なんかすごくプレゼントの内容が片寄ってる」
「どこが」
そう返す直矢はにやにや顔だ。
父親からは手帳。母親からは漢字ドリルと国語ノート。直矢からは……
「直矢のこれなに」
「その板、ピンクのシートのところなぞるだろ?」
「うん」
「なぞったらそこに跡が付く」
「うん」
「横のバーで消える」
「うん」
「これでお前が苦手な割り算の勉強とか今日の目標とか書けるだろ?」
「待ってこのおもちゃそんな小難しい用途で売ってんの!? ふざっけんなよ!!」
「でも嬉しいんだろ?」
「嬉しいよ!! こういうの好きだよありがとよ!! あと父さんこれなに」
「今日の目標が書けるだろ」
「母さんは?」
「今日の漢字を選んで賢くなれるでしょう」
「知ってたみんなの期待知ってたけどまるでオレがバカみたいじゃん!!」
「崇っつー名前を祟りって読み違えちまったお前のどこが賢いんだよ」
「椋伍、あとで冬のテストを全部持ってきなさい」
「父さんそれ今日やる事!?」
「今日から始めないとお前が危ない」
「直矢ぁああああああ」
集中攻撃に何故か直矢に助けを求めるように、いや、恨みがましく呻く椋伍に、彼は「どんまい」と軽く返して笑う。
椋伍がひとり。父親と母親が一人ずつ。友達がひとり。
これは、椋伍のいつかの誕生日の前祝いの話。
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